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水中では動きが鈍る 5-1

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 捜査の体制が一変する。打つ手がなくなった捜査本部にもたらされた熊田の進言に管理監は有無を言わず、熊田の提案を受け入れた。犯人を挙げた手柄よりも事態の消息に躍起になっている始末。午後8時32分、捜査本部には集められた人員に現時刻からの捜査の方針が打ち出された。事件に一段落がついていたので、捜査員の中には今日が久しぶりの休暇である者も多く、午後のそれも昼過ぎでも夕刻でもない中途半端な時間に呼び出されたのだからどこか会議室の空気は重く、まどろみのような粘性を帯びていた。 
 銀行員および強盗現場に居合わせた客数名が捜索対象となり、一人につき二人の人員を付けての捜査と言い渡された。明日の休日もこれで無くなった捜査員はがっくりと肩を落としていた。休暇に予定を入れていたのではなく、ただ体をやすめたかっただけだろうと一番奥の席に座る鈴木は思っていた。刑事は予定とは無縁なのだ。だからこそ、休日の予定を入れないし立ててしまった予定は必ずといっていいほど仕事と重なる。捜査会議が始まる前に熊田たちから日井田美弥都の推理を聞かされていた鈴木には、退屈な時間であった。美弥都が言うには、事件の首謀者は銀行員とそのお客であり、殺された3人は見せしめと犯行を隠すための道具として利用されたそうだ。肘をついた鈴木は外が見えにくい窓を見やった。ガラスには捜査会議の終わった人の出入りが映っている。鈴木の隣に座る熊田、種田、相田は動かずにいる。どうやら人がいなくなったところでまた捜査についての話し合いが始まるようだ。ふぁーとあくびが出る。
「私達に捜査は割り当てられていませんでしたが、まだ見栄や体裁を気にしているでしょうか」種田は、人がはけきらないうちに呟く。
「やるべきことが見つかれば、捜査方法を教えなくてもみんな知っているよ。間違えようがない」相田が伸びかけた髭を触りながら返答した。
「しかし、私達が掴んだ情報から捜査が変更されたのですよ、私達の捜査を認めないのは非効率的です」
「決まったもんは仕方ないだろうさ。あんまり、当たるなよ」
「熊田さんはどうお考えですか?」
「……いつものことだろう」タバコを吸う一歩手前で踏みとどまる熊田の手には箱から抜き取られた一本がすでに指に挟まれている。たが、熊田は火をつけようとはしない。
「そうやってなんでも無関心でいるから、なめられるんですよ。一度はっきりと言ったらどうですか?」
「言ったからこうなったんだ。まあ、これ以上、下はないと思うが内勤とかの裏方には俺は向いていない。だから甘んじてこの位置いられるように、うまく上司と付き合っていかないといけないのさ」
「もう本日の業務は終了していますよね」捜査が許されないのなら署にいても仕方がないと判断した種田の発言である。
「ああ、帰っていいぞ」
「失礼します」
「恐ろしいや」
「相田さん、聞こえますよ」
「聞こえています」バタンとドアが閉まる。
「ほらあ、だから言ったのに」
「いいんだよ、あいつだって一言と言ってやらないとわからないからな」
「お前たちももう帰れ。ここにいても仕事ないぞ。今日は俺が緊急時に備えて時間まで待機している」
「なんだか、僕達の捜査って結局は信用されたわけですよね。初めから認めてくれれば良かったのに」
「結果論だろうが」