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空気の渦は回転する車輪のよう 1-1

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 事件は意外にもあっけなく終幕を迎えた。熊田の提案を受け入れた捜査員が全銀行員を密着してから三日目に行員の一人が不信な動きを見せた。仕事終わりの寄り道でセレクトショップにて高級時計を物色していたのだった。ターゲットをその行員に絞り込んで、さらに2日。週末金曜の業務を終えた行員が真っ先に閉店間際の時計店に足を運び時計を購入した。時計の金額は数百万前後である。サラリーマンにとっては高い買い物ではあるが購入できない額でもない。しかし、強盗からの日数を考慮して彼へのマークはいっそう厳しくなる。その他の行員、事件に居合わせたお客に動きは見られず、捜査員の期待は彼に注がれていった。もっと動けと。
 支店ぐるみの犯行と予測を立て、自社銀行の口座には盗んだお金は入金しないと踏み、ターゲットが持つその他の金融口座を調べあげると、自社の口座の他にも郵便貯金と他銀行の口座の所持が確認され、強盗発生の三日後に2つの口座に多額の入金があったことが発覚した。しかし入金と強盗事件とを結ぶ接点はまだ何もない。事件解決には入金者の特定が最重要となった。そこで行員全ての所持口座を洗い出した。すると、まだ入金のない口座が幾つか散見された。ただ、ターゲットへの入金はネットバンクから行われていたのである。直接、銀行やATMに赴いての送金ではなかったのだ。ネットバンクの口座に登録された情報は実在する人物の情報ではあったが不正利用されていたらしく得られた情報から自宅を急襲したものの、捜査は空振りに終わった。
 途絶えた繋がり。
 しかし、そこで三件目の被害者の身元が判明したのだった。
 連続殺人事件として世間ではにわかに盛り上がりの様相を呈していた。ネットにおいては昨今の個人情報規制強化に際して無闇に個人情報を露呈させた人物については厳格で適正な処分が下った例が少なくないのだ。しかもこれだけ注目されている事件である、もちろん合法的に入手できる情報に関してはいくらかは規制がゆるく設定されているようでたとえば、卒業アルバムや住所録、固定電話の電話番号などは得られてしまう情報として、いたずらに表に出しては処罰の対象になるが自然と耳に入るのならば許されていた。そのような世間でのあり方の中にあって、ネット上の掲示板にもたらされた被害者を指し示す文字が掲載さているとの情報が警察の情報部隊によって発見された。情報は被害者と思われる人物の氏名、年齢、性別、職業、自宅住所と、最後の行に死亡時の克明な様子が書き記されていた。
 上層部はただちに情報部隊から書き込みを行った者の所在を洗わせた。
 予期せぬことに、ネットに書き込んだのは強盗被害のあった銀行の行員であった。休日の夕方、明日からの仕事に備えていた時間に警察が行員のマンションをなだれ込んだ。相手はあっけにとられて逃げる気配もない。素直に捜査員に従い、書き込みを認めた。捕られた犯人の諦めの態度に管理監は腑に落ちない様子で取り調べを見守っていた。捉えられた行員はすらすらと思い出すように悪びれもせずに仲間と自分の犯行を語る。取り調べでは足がつくようにわざとネットに書き込んだ理由に、捜査員たち誰もが首を傾げた。