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空気の渦は回転する車輪のよう 1-2

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「もちろん金を盗んで山分けすることが目的ではありましたけど、思ったように世間が流されるのを見て、ああ、私が見たかったのはこれじゃないと思ったんです。同じ時と同じ時間でたまに変わった仕事で、忙しいことがステータスで誇りで、これが人としての誇りでもありました。けれど、酒を飲んで休日に仕事で溜まったストレスを吐き出してを繰り返していると、私の人生ではないことに気がついたんです。誰かに乗せられている、世間では認められているけれど私の本当の部分は何一つ満足していないって。空気が重たいんです。粘っこいというか、体にまとわりつくんです。内心はお金なんていりませんでした。だって私が満たされる欲求は世間で言う、常識とずれているんです。ですから、粘っこい空気でも泳げるように周りをいじってみたんです。人を殺して、世間を動かしてみたらやっと私がね、動き出したんです。それは羽に傷をつけたらからなんだ、トンボの羽ってよーくみるとギザギザになっているの知ってる?私が傷を負って初めて世の中で動けるようになったのさ。自由に空を飛ぶための羽のギザギザはね、あんたたちと羽の構造が違うからなんだ。あんたたちって、鳥なんだよ。大きな羽でバサバサ飛べる。でも私にとって空気は粘っこいから、こうやって取調室にいないと前に進まないのさ。どうして、被害者に傷がついていたかって?よくは知りませんけど最初に殺された人はなんだか重たくて捨てたんです、その時でもついたんじゃないのかな。カーブをね、曲がるとき重たいとさ、外に引っ張られるでしょう、慣性の法則ですか?遠心力、ああそうそう、それ、だから途中で車から捨てたんです。そうしたら、車軽くなってね、もうなんでもっと早く気づかなかったのかって馬鹿な自分を責めましたよ。うん、二件目?ああ、うんとそれは、今度はね、真っ直ぐな道じゃあ、軽いほうが早く走れるんです、だから不要になったものを捨てたんです。あの道、見通しがいいからスピードを出しなくなってね。分かってますよ、三人目ですよね、あれは粘りのためです。空気の粘りが二人だと強くて3人だとどうなるかなって思いまして、だからみなさんがこうして私をここへ連れてきたんですよ。私の周りの空気が軽くなったから」
 数多くの犯罪者、それも特殊な、常軌を逸した者たちと接見してきた捜査員にも彼の言う言葉の意味を受け入れる度量が理解不能と思い込むことで辛うじて見いだせていたぐらいに捕らえられた行員は受け入れがたかった。ネットへの告知ともとれる犯行理由を除けば銀行強盗や三件の殺人の具体的な方法とそれらに関与した人物についての解説は理路整然として書物に一度書かれた文字を読んでいるかのように整っていた。おおよそ、日井田美弥都が語った内容と犯行手口は一致していたが、唯一異なった点は銀行員全員がいずれ捕まるように多額のお金の消費を目論んでいたことである。彼らの思惑は、盗んだ金を散財させて自分たちの周囲の空気を動かすことが目的だったのだ。そこまで終えて、やっと思いは達成されるのであろう。ただし、あくまでもこれは聴取の内容を読んだ熊田個人の見解である。