法定速度を下回る鈴木の車が、駐車場に滑り込んだ。綺麗に除雪されたであろう駐車場は1時間前に降り出した雪で、見るも無残に平らな白を形成していた。
喫茶店は混んでいた、鈴木は入れ違いで空いたカウンターの席に運良く座れた。昼時の盛況が店を支えているのか、鈴木はじわりと室温で暖かくなった顔でぼんやりと想像した。店員の女性が水を運んでくる。いつもの綺麗さである。
「コーヒーとトーストを」
「はい、コーヒーとトストですね」注文を受けると店員は機敏にカウンターに入り忙しく動く。駐車場の車に比べて店内のお客は多く、年齢もまちまち。どうやって来店したのだろうか、1本目のタバコに火をつけた。
思考が切り替わる。
不来回生は嘘をついているようには見えなかった。しっかりとした声で質問に答えていたし、車に詳しくないとも言っていた。たしかに、車好きが乗るような車種ではない。しかし、はっきりと車に疎いとは言いがたいだろう。いくらでも言い訳や、嘘はつけてしまう。知らないといって無関心と無知を装えば騙し通せる。
豆の香りが漂う。
お客の会話が聞き取れないほど混ざり合い、一つの音を形成していたおかげで考え事に専念できる。先にコーヒーがカウンターに置かれる。カウンター内から均整のとれた腕が視界に入り現実を知らせる。本来味は統一されるものではないと思う。だって、味覚は人それぞれであるし共通の味はおそらく大勢に適合を許されただけの味で、好みの問題なのだ。味覚を表現する言葉だって不定な煙を透明な容器に閉じ込めて四角だと言っているようなもの。それでもここのコーヒーは美味しい。お世辞を抜きにして味わう価値がある。
コーヒーを三分の一とタバコを1本消費するとトーストの登場である。空腹のピークを過ぎてしまっていたのでお腹は2枚のパンで十分満たされると予測。一口目のバターの塩分が枯渇した体に染み渡るようだ。鈴木は迷っていた。刑事の立場で堂々入店していれば負い目を感じることもないのにと後悔した。お客はまだ帰る気配はなくて和気藹々と思い思いに寛いていた。
なんとか滞在時間を伸ばそうと食事を続けた。トーストを平らげたあたりでお客がどんどん帰っていく。鈴木は腕時計を見る。良くも悪くも鈴木と新聞を丹念に読み込むお客を除いて、皆急かされるように席を立ったのだ。この機に乗じて店員に刑事として尋ねることにした。
「あの、すいません」女性店員はテーブル席を片付ける屈んだ体勢で鈴木に顔を向ける。涼しく冷たい印象のいつもの表情である。
「はい」
「お話を伺いたいのです。その、刑事として」この女性店員、日井田美弥都は鈴木とは顔見知りであり、その考察力を見込まれて殺人事件の解決に助言を求められた人物である。端麗な容姿に冷徹さを兼ね備えた風体で近寄りがたい印象、腰までの髪が肩のあたりまで短くなっている、と鈴木は気づく。
「先に店長に許可を」美弥都はそっけなくトレーをキッチンに運んでいく。鈴木は席を立って入り口側のカウンターの端、レジでお釣りの小銭を追加する店長に話しかける。
「ご主人?」
「はい?なんでしょう、おかえりですか?」鈴木の顔を覚えている口ぶり、不信で訝しげな表情の作りはみられない。鈴木は単刀直入に言う。
「日井田さんを数分だけをお借り出来ませんでしょうか?」
「できないことはないですがねえ、警察の方が来られるだけでもこちらはあまりいい顔はしませんよ」