「今回は前とは違いまして、事件に日井田さんが直接関わっています」
「滅相もない」真相を確かめる店長の瞳が光る。どのように解釈したのかはわからないが、許されたのは救いだ。「まあ、いいでしょう。当然ですが本人に許可をとって下さい。それと、決して大きな声で事件について話さないように、まだ二階にもお客は居ますから」
「その点は心得ています」当たり障りの無い笑顔と微笑み、どちらともとれる表情を返して鈴木は席に戻った。カウンターでは美弥都がせっせと洗い物に忙しい。二つ席を挟んだお客が新聞をめくる、流れる動作でかるく指を舐めった。鈴木の手がおずおずと上がる。
「はい」エプロンで手を拭いた美弥都が反応する。
「店長さんから許可は頂きました」
「そうですか。申し訳ありませんがもう少し待っていただけますか?食器を洗って拭いている時間なら話が聞けると思います」
「待ちます」美弥都は鈴木の申し出に影響を受ける素振りはまったくなく、通常の速度で使用された食器、おもにカップとソーサーを洗った。店長が駐車場の雪かきで店内から姿を消す、二階のお客だろうか、どんどんと物音が音よりも振動寄りで届く。自分の部屋であったら舌打ちもしかねない音量なのにここでは安泰の心情でおおらかになれる。どこでスイッチが切り替わるのか。
「お話とはどのようなことでしょう?あまり凄惨な内容は控えてくさだい」気がつくと美弥都は目の前。小刻みに両腕を動かして、今まさに真っ白な布でカップの水分が拭き取られた。
「えっと、ああ、M社の車に乗ったお客に車の不具合を指摘されましたか?」
「ええ、お伝えしました」圧倒される茶色の目力に鈴木は一瞬引きこまれそうになるのをこらえる。
「車には詳しいのですか?」
「私がですか?いいえ、免許も持っていません。ごめんなさい、今の言い方は誤解を招きますね。音のバランスに違和感を覚えたのでそのとおりに教えただけです」
免許を持つ人すべてが車の構造や仕組みに精通しているのではない、そう言いたのだろうか。「そうですか、音でね。もしかすると、音はそれが通常の音だったかもしれませんよね?」
「はっきりと言えるのはいつもとは違った。複雑に絡み合った躰の組織を知らなくても体調の悪さや気分の良し悪しを私たちは感じ取れます。これと同じだと思いますよ、車も」美弥都の言葉には納得せざるを得ない。しかし、彼女だけの法則で自分には無理だ、当てはまらないだろう。間違いや思い違いが脳裏をよぎってしまうし、通常の有様を覚えてはないのだ。鈴木は美弥都だからという理屈をつけて言葉を飲んだ。
「するとエンジンルームを覗いてはいないのですか……」
「あのお客さんは車の点検に行くと言ってましたが、そうはしなかったみたいですね」おそらく、美弥都に指摘され、しかも修理を終えてからまた再び訪れて異音聞きいたのだとすると、不具合は点検を終えて再発したとの考えに行き着く。