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ワタシハココニイル6-1

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 署で熊田たちと別れ、相田はひとり事故報告の被害者、その中で軽傷の人物を訪問した。住所近辺には中央分離帯のある二車線の道路が走り、道路に沿ってホテル・ゴルフ場の看板が立ち、高校も建っている。

 大きな道路を逸れて道を一本、中に入る。凸凹した道で除雪が行われた形跡は見当たらない。溶けて固まった氷の上に新雪が降り積もっていた。目的の家は雪に埋もれて佇んでいた。見たところ、小道を通るのはこの家に用がある者だけだろう、左右に建物はなく広々とした雪原が白を見せつけていた。車が駐車されている。乗用車のボンネットはうっすらとしか雪が積もっていない。

 古い一軒家、玄関の柱は塗装が剥がれて内部の木質がむき出し。玄関脇、郵便受けを隠すようにプラスチックのスコップが立てかけてある。相田は呼び鈴を鳴らした。しかし、待てど暮らせど反応はない、留守か。不意にドアノブに手が掛かる、力なくドアが引かれた。玄関の敲きは雪が解けた染みが広がっている、雪が付着したブーツが揃えられていた。呼びかけるが応答はない。断りを入れて上がる、右側のドアが閉まりきらずにあいていた。そっとドアを開けつつ、声をかけると唐突に相田の躰が緊張で凝り固まる。

 赤のソファに赤を浴びた人型が腰をずらし眠るように天井を探る首の角度で、半開きの口と閉じかけの瞼で出迎えたのだ。凄惨な現場に普段から接する相田でもこの光景は目をそらしたくなる。飛び散った血痕がフローリングの床に、ドア付近まで及んでいる。相田は無闇に動けない状態を強いられる。再度、人間であろう物体を観察する相田の片手は携帯を握るがまだ通話は控えていた。それは整頓された情報が迅速な犯人逮捕に繋がるからである。ただし、現状を見る限り、犯人がまだ屋外に潜んでいるかは疑わしい。室内に潜んでいる確率の方が高いだろう。家屋の足跡は表側には認められない、相田は数分前の記憶を呼び出す。

 急に気配を探り始める、後方から襲われないために躰を半身にした。もう一度室内を見渡してみる、おそらくはリビングだろう。室内は寒い、外と大差ない気温だろう。十五畳ほどリビング、レースのカーテンが引かれた大きめの窓に、背を向けた人がもたれるソファ、楕円の絨毯、テーブルはなかった。

 首元は痣だろうか?よくみえない。相田は壁の縁にそってリビングから台所に勢い良く血の跡を飛び越えて避難。血の匂いが漂い始めている、殺されてあるいは死んでからそれほど時間は経っていないと相田は判断する。台所は整頓されて生ゴミも食器も見当たらない。外食で済ませていたのだろうか。冷蔵庫を指紋がつかないよう上着の裾を引き寄せて開け、中を確かめる、大容量の冷蔵庫はその機能を生かしきれずに冷凍食品と飲み物、アルコールが空間を開けて整列していた。

 扉を閉める。途端に、冷蔵庫が唸りをあげた、静寂においては重低音が音として認識されるようだ。振り返ってリビングを見返す。試しに問いかけるように声を掛けた。予想通り、人間の形はうんともすんとも言わない。現場保存の使命を崩壊させて人らしき物体の生命反応を確かめるべきかを迷う。数秒の沈黙。相田は携帯で写真を撮り始めた、撮影モードは高解像度でPCでの表示に対応させる。血まみれの物体にズームで数十枚を撮影、物体を中央に、そして天井や床、体の位置を反転、キッチンを撮影した。呼吸は意識しない程度に落ち着いてきたので、決断し生存確認に近づく。なるべく血を踏まないようにしても、足に被せたビニールでヌルヌルと滑る。壁に手を添え少ない歩幅で窓まで到着、それでも五、六歩は現場を踏みしめた。歩いた後の写真も収める。間は、そうしてやっと人間らしき赤に対面するのであった。