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ワタシハココニイル8-2

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「鑑識でも推理をするのですね」

「些細な証拠しか見つからなかったのかもしれん。まあ、行ってみるしかない」

 食堂の更に奥、廊下の端の一室で足を止めると熊田はドアを叩いた。女性の声で返答が聞こえた、二人は失礼しますと言って入室する。

「こっちだ、すまんな呼び立てて」悪びれるふうでもなく、丸めた背中はそれなりに年齢を感じさせる。体力的な要素かもと種田の見識。部屋中央の白いテーブルに熊田と種田は神に対面する形で腰を下ろした。女性がすぐさま、コーヒーを差し出す。若干、嗅ぎなれない香りだったが口に含むと違和感はすんなりと消滅する。まるで匂いをずっと前から知っていたかのよう。

 熊田は神が話し出す間で口を開かないつもりで、両者はにらめっこのルールに即し向かい合った顔で見つめ合ったままで、もしかしたらキスでもしてしまうのではと勘違いしてしまうぐらいの距離感と雰囲気で無言のやり取り。先に目を伏せた神が緩めた口元で顔を細かく振って再び目を合わせた。

「厚手のダンボールに入っていた絵画は、十年ほど前に描かれた。絵の右隅に触井園京子の親指の指紋がくっきりと残っていた。それに、絵を描いた時に落ちた髪の毛が画材に紛れて絵の一部になっていた。彼女が描いたものと考えて間違いだろうな」神は胸ポケットのタバコを取り出したが種田の強烈な視線にぶつかるとタバコはテーブルに移動したのみで、それっきり。神は報告を続ける。「胸は刃物で突かれていた。刃先の尖ったナイフや包丁ではなくて、鋏に近いだろう。皮膚組織は押しつぶされて胸に押し込まれた。錆びたナイフとも似ているが、傷口の幅はナイフのよりも厚い。園芸用の裁ちばさみや工作のニッパーあるいはキッチン用のハサミか。どれも持ち手がしっかりとしていて握りやすく力を込めやすい形状が傷の深度から窺い知れるだろうな」

「自殺ではないのか……」腕をぎっちり胸の前で組んだ熊田は唇を動かさずに呟く。

「自殺?利き手で胸に突き刺す時の力は通常の三分の一程度、刺さったとしてそこから確認された深度まで突き刺せるのはよほど死にたい奴か体を傷つけるのを趣味としている者だけ。もっと言えば、傷は複数回ではなくたったの一回だ。自殺とは考えにくい」湯気の立ち上らないカップを神は口に運んだ。

「自殺だったらそもそも凶器が発見されています。それに、死因は絞殺ですよね」種田が言う。そう、死因は絞殺、相田が首元に痣を発見していたのだ。しかし、おかしい。刃物を持っていながらなぜわざわざ首を占める必要があったのか、種田には疑問だった。

「現場を探してみても凶器、それに類するような物証はなかった。元々あの家に物は数えるほどで室内に隠すような場所はない。首を絞めた紐も刺した刃物もだ」

「屋内に侵入及び逃避した形跡は?」種田が聞いた。

「窓、二階の窓も足跡や指紋は検出されなかったよ。相田の証言で家の外周を調べてみた結果とS管区気象台のデータを照らし合わせれば、足跡が残っているはずだ。けれど、昨日の正午零時までの降雪量は三十センチ。しかし、そのような靴跡は残されてはいなかった。これが全てだ」死亡推定時刻は相田が駆けつけた午後一時から数時間前である。

 種田は機械のように首を数ミリ稼働させる。「熊田さん?」左手でカップを握る熊田は穴が空くようにコーヒーの液面を見つめていた。