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DRIVE OF RAINBOW 2-3

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「鈴木です」

「ああ、朝からどうかしたか?」疲れた声の熊田である。「運転中だからちょっと待て。スピーカーに切り替える……。用件は?」

 待ち時間に集中が途切れ鈴木は熊田の声に慌てた。「ああっと、そのですね、M車のサイトにまた書き込みがありました。それが前の書き込みとは少し様子が違うんです」

「具体的に言え」ガタガタとスピーカーから振動が聞こえてくる。

「読み上げます。関係者各位 御社の製品に不具合が生じる恐れアリ。早急な調査を心から望むばかり。車は急に止まれない。車は急に直らない。兄弟の一人が欠け落ちて、戦線を離脱。自滅と全滅。ああ、窮屈。すり減った私が見えてる?明日は満月。翻って新月。いつも出ている月は雲で隠れてなかったような振る舞い。カウントダウン。騒音に掻き消されて聞こえないの?」 

「書き込まれた時間は?」

「今日の午前七時です」

「規則正しく生活してる者だな。徹夜明けなら一番眠い時間帯だ。昼夜逆転の生活を送っている人物ではないな」

「たったこれだけでわかるんですかあ?」

「もし、自分だけの欲のために書き込んで楽しんでいるのだとしたら、時間は関係がない。一方で書き込まれた時間に意味があるなら、早朝出勤してきた社員にいち早く書き込みを見てもらいがために、しでかした犯行かもしれん。それに関係者各位と最初に言ったな?ターゲットは会社全体と推測できる。案外、身内に潜んでることもありうる」

「朝からよく頭が回りますね、熊田さん。僕もやっぱり朝ごはん食べないでおこうかな」熊田は朝食をとらないで有名だ。ただ、忙しくて食べられないといった見方もある。

「思いつくままに言っただけだ。書き込みの捜査はお前に任せたからな」

「あっと、待ってくださいって、僕も殺しの方を……」電話は無情にも切れて鈴木はがっくりと肩を落とした。その鈴木に戻ってきた支店長がまた心配そうに最悪の事態を思い浮かべて聞いてくる。

「あの、刑事さん?なにかありました」

「ああ、いいえ、こっちの話ですから。もう電話はいいのですか」鈴木は力なく応えた。

「はい、上司からで。とにかく、情報は一切漏らすなと釘を差されました。これからは私にも情報は降りてこないようです」ようですとは、不思議な言い方である。不測の事態に陥った試しがないのか、それとも支店長クラスでも伝達に慎重を期すために一握りの役員たちで今後の取り決め、社の方針が明確に決定してからでしか伝えられないのか。

「これから私はどうすればいいんでしょうか?」

「私に聞かれましても。とにかく、不具合の生じた車両の再点検とまだ不具合が生じていない車両のユーザーに、点検を無理にでも頼むべきです」

「しかし、勝手なことをすれば上から何を言われるか?」

「同じですよ」

「同じ?」

「誰のための車ですか。お客のためを思うならなんでもないと、私は思いますよ」

「……刑事さんお若いですよね。だから言えるんです、この歳で失敗を犯せばこの先の出世の道は閉ざされます。これ以上先を見ないまま残り定年まで働くのは私には耐えられません」

「私は刑事になってから私を捨てました」鈴木は厳しい顔で言う。「刑事として仕事をまっとうするにはそれしか方法がありません。いついかなる時でも事件が起これば呼び出されて休みも返上です。そちらから見て働いて間もないからという見方もあるでしょうが、誰にとっての安全か、それは僕もあなたも同じではないでしょうか」

「人から教えられるなんて何年ぶりですかね」空気の抜け始めた風船のように、こわばった支店長の表情筋がゆるんでいく。

「……言い過ぎました、出過ぎた真似をしてしまったようで申し訳ありません」席をたって鈴木は深々とお辞儀。一人で行動するときの鈴木は人一倍丁寧で礼儀正しい。本来ならば過激な発言は、思ったとしても口に出さないのが鈴木なのだ。今日は、まだ頭のエンジンがアイドリングで待機中だった。

「そんな刑事さんが謝るのは間違っています。反省しなければならないのは私の方です。ほとほと自分の不甲斐なさに嫌気が差しますよ。この歳でも欲は減ってはくれません。大切にしなくてはならないのは、お客様が第一であると、当然が当たり前すぎてやっている、こなしていると錯覚していたようです。ありがとうございます。見ているようで見ていませんでしたな、なにもかも」

「私には何も……」暖房のファンが加速して足元から暖気が送り込まれた。ちょうど、不穏な空気を察する猫みたいに。

 

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