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DRIVE OF RAINBOW 6-2

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「譲歩したな」ミラーに映る熊田の口角が微笑をたたえた。

「おそらくは断ったでしょう。刺してくれという願いを素直に聞き入れる人はまずいません」

「そもそも彼女には相田が事故車を追って辿り着いた。だが、その車は丹念に調べられていない」

「そうです。本来の目的は車両の不具合で起きた事故の被害者として被害者を相田さんは訪ねた。しかし、事故とは無関係な要因で、被害者は亡くなった。車を調べないのは当然といえば当然です」

「……もう一度現場を見てみよう」

 現場はすっかり血の匂いが消えていた。人が住んでいる独特の匂いも嗅ぎ取れない。乾いた血の痕跡を腰をかがめて熊田が観察する。

 種田は状況を想像した。

 死体が座っていたソファの真後ろは窓に鍵が掛けられており、犯人が逃走した経路とは考えにくい。そう、犯人が複数であっても鍵はそのうちの一人が部屋に残らなければならなくなる。加えて刺す前ならもちろんリビング入り口への移動は可能だが触井園とは離れてしまうし、だからいって近づくと、血を浴びないようにソファの裏から刺すしか選択肢はない。血だまりは均等に床を埋め尽くしていたために血まみれの足跡を隠すような広範囲の血だまりはない。要するに、天井に吸い付いて蜘蛛のような移動方法ならば玄関にたどり着ける。玄関の鍵は簡単に複製できる形状。もちろん、セキュリティーの設備は取り付けられていない。

 刃物に紐を巻きつけて被害者を刺してから玄関に通じるドアに逃げて、思いっきり紐を引っ張りナイフを抜く。駄目だ、刺さっていた刃物よりも刃先が丸いペンチや鋏のような形状というのが鑑識の調べで判明していた。被害者を固定しないと上手く抜けないか……。

「被害者は荷物を取りに来た」熊田が話しだす。おいてきた体に種田の意識が通う。「上着はどこに消えたんだろうな」

 種田の眉が上がり、被害者の所持品リストの記憶を辿った。「コートは着用していました」

「そうだったか。家まで車に乗っていたのなら必要ないと思ってな」

「相田さんがコートのことを報告していたはずです」 

 種田は肩を軽く上下させた。疲れのためか頭が重い。疲れた自分が感じられたのだから一つ収穫であった。不調を自覚したなら、無理な行動や言動は控えるべきだろう。室内も冷気が幅を利かせて風を防いでも床を媒介した冷えが体を芯から冷やす。しかし、こちらから寒いとは言えない。また女だからと揶揄されるのが落ちだ。熊田が低俗な考えを持ち合わせていなくても一度、弱みをみせれば私の体内で整頓されて積まれた概念が崩れる。恐れか?綿密に張り巡らせた糸は切っても切っても目を凝らすと光の角度で姿を見せ、自由を奪う。

「種田、天井にも血痕が付着している。あれは刃物を抜いた時かそれともわざとつけたものか、どう思う」熊田の問いかけがあまりにも自然で彼女にとってはそれがとても不自然に聞こえ返答に窮する。「どうした、トイレか?」

「……然るべき場所に出れば、私勝てますよ」

「お前は出ないよ」

 

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