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DRIVE OF RAINBOW 8-1

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 事件発生の二日後、新聞紙面はM社のリコールを報じた。無論、熊田たちが調べていた車種である。記者会見が開かれ、矢面に立たされた幹部と社長はお詫びと当該車両の早急な回収及び徹底究明に尽力をつくすと明言し、記者たちの執拗な揚げ足取りの、失敗を餌にする質問にも真摯に回答し答えに窮すこともなく、無事に乗り切った。

 おそらく、不来回生の車両や触井園、あるいは死亡した理知などの不安材料は闇に葬られている。そうでなければ、対策を講じるべき最有力の課題は彼らへの口封じである。記者たちは当然のことながらM社の事故を入念に調査しただろう。しかし、リコールの原因は正確に報じられていないのが現状だ。事故車両の説明が抜け落ちている。納得はしない、しかし与えた情報を額面どおりに受け取る者とさらに先を掘り下げようとする者の二者に分かれ、後者にだけとくに注意を払いさえすればおそらく騒ぎはある一定期間を過ぎて冷却に至る。

 熊田は上層部からの呼び出しを受け、会議室のドアを開けた。時刻は朝の八時、署内はまだ暖房が行き渡っていないため熊田はコートを着たままである。むき出しの配管の天井から伸びたパイプはわざとではなくて、この建物の古さに由来する。対称に置かれた長机の、切れた中央の通路を白いスクリーンを目標に足を前に前に出した。緊張はない、足と手は交互に前に出さているのだから、と体の稼動を確認する熊田である。

 眉間に皺を寄せた銀縁眼鏡の男が、上目遣いで異性を誘う仕草とは別種の気配で熊田を見つめていた。「M社の件に関しては我々が捜査を引き継ぐことに決まった。、お前はなにもしないでくれ。関わるな」

「忘れているようですね。あなた方が放り出した事件の捜査ですよ」熊田は対峙する面々を睨んだ。口元は緩めた。

「事態は刻々と変化する。よって、お前たちは手を引け、これは命令だ。警告はしない、捜査を継続していると判断したら制裁が加わると思え」

「随分と物騒な言い方ですね。M社と取引でも交わしましたか?」

「熊田、そのぐらいにしておけ」銀縁眼鏡の男は釘を刺す。管理官という肩書きだけで生きているような人物評価を熊田は下した。まだ現代に威嚇で人を抑えつける人種がいたと思うとおかしくて笑えてくる。

「笑い話をした覚えはない。もう一度言っておくが、絶対に捜査に口を挟むな」管理官は眼鏡を触ってじろりと熊田を睨んだ。「返事が聞こえない、声は家に忘れてきたのか?」

 熊田は鼻息だけで答えた。

「……わかったのかと聞いている」

「私が了承しようしまいとそちらは主張を変える気はない。答えても意味はありません。ではこれで失礼します」熊田の背中に管理官は言う。

「まだあの部署で刑事を続けたいのなら大人しく日がな一日ひなたぼっこでもしていろ。それが賢明な判断というやつだ」