「そのようですね」
「無意味な質問はよしてください。からかっているのならもう終わりにしてください、仕事があるので」立ち上がろうとすると座るように男の刑事がなだめる。私は犬ではない、あんたたちみたいに時間を使えないの、もっと正確で決まりきった時間で私は作られている。そうやってしか生きられない。
バッグを探って携帯で時間だけをそっと確認する、始業時間から五分が過ぎていた。上司は私の事情を社員に伝えてくれただろうか。
「この方をご存知ですか?」一枚の写真が差し出される。私の同じ歳くらいの女性かもっと上だろうか、下ということはない。どこで撮った写真だろうか、背景は電車の車内か?新幹線はあまり乗ったことがない、バスではないのは確かだ。
「知りません、初めて見ました。この方がどうかされたんですか?」
「亡くなったのはこの方です。もう一度よくご覧になって確かめてください、見覚えがありませんか」いいや、何度みても思い出せる顔なら初見で何処かに引っかかりが生まれる。この顔は初めて見る顔だ。
「知りません」仕事に戻る許可を取る前に残している質問をこちらから聞く。そのほうが手っ取り早く終わると判断した。「もう本当に戻らないと、私だけが特別ではないんです。他に質問があるのなら、言ってください」
「では、率直に申します。あなたはこの方を殺しましたか?」
「いいえ」
「では、不来回生という人物の車に細工を施して事故を誘発させようとしましたか?」
「いいえ」
「自動車会社Mのサイトに不審な書き込みをしましたか?」
「やってません」女性の言葉が途切れた。「質問がないようなのでこれで失礼します」理知は立ち上がって言う。「会社には二度と来ないでください、用があるならどうぞ家に来てください。私が休みでとても暇で翌日の疲れを取り切ってしかも息子がまだ学校にいる時間にね」
ドアがつんざくように閉まった。頭に血が上りながらも私は仕事の遅れをどうやって取り戻すか、あるいは遅れた理由の伝え方を考えて更衣室に駆け込んだ。