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ROTATING SKY 3-1

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 尾行は体力を消費する、とくに人混みの都会は相手に見つかりにくい反面、見失う確率も高い。部長は不来回生の自宅から彼を追っていた。不来は早朝から行動を開始した。部長は一人行動を予見して車で彼を追走する。ここ数日は深夜に帰宅し、翌日の午後に家を出る生活リズムだったが、今日は雰囲気、家から出てきた時の表情がなんとなく違っていると遠巻きながらも異変を察知したのだった。

 部長は熊田たち刑事の上司であるが、彼が普段部下と行動を共にすることは滅多になく、彼のデスクはいつも空席である。彼の正体を知る者はおらず、またその行動も謎に包まれている。部長は不来回生が帰宅し家の電気が消えてから一旦自宅に帰りシャワーを浴びて一時間足らずで現場に戻り近所の住民と不来に怪しまれないよう車を代えて朝を待った。

 早朝、不来の車は国道に出てS市の中心街で立体駐車場に入った。部長は割高なコインパーキングに車を押し込む。

 目的の場所は改装中の店だろう。不来は決まった習慣を守るタイプであるために、行動の予測がしやすい。部長は先にアーケードに駆け込み、店先を大きくはみ出した洋服を物色。案の定不来が向かいのファストフード店に吸い込まれた。あらためて後ろ姿を確認。間違いない。特徴的なロングコートの裾がひらりと歩くたびに外に跳ねていた。  二、三分コーヒーを持った不来がアーケードから北に進路をとる。彼が角を曲がったのを横目で確かめ、追跡する。ただし、歩く早さはやや遅めで。

 前方五十メートルで不来がシャッタを上げて中に消えた。部長はちょうど変わった信号を小走りで渡り、道路を隔てた歩道で不来の姿を捉える。長時間の張り込みに対応するべく、立ち並ぶ建物から不来が入ったシャッターが店の窓から望める二階の喫茶店を発見した。

 入店。店内はカウンターに対面した一人席が七つ。奥の窓際がテーブル席で深く腰を落ち着ける弾力性で表面の生地が手触りの良い高級なタオルを思わせるソファに陣取った。

 お客は皆一様にシルバーのPCを広げてパチパチと一心不乱に文字を打つ。その他のお客は、テーブルいっぱいにノートらやテキスト、資料やらを広げて仕事あるいは勉強に夢中だ。

 注文を聞きに来た店員の女性がこの店は一杯のコーヒー代で滞在の時間制約がなく、しかもコーヒーはおかわりし放題と教授する。悪くはない、経営だと思う。カウンターの別料金のケーキやスイーツ等の軽食も疲れた時に注文してくれたら、客単価は上がる。お客が居座り続けるという懸念も都会のこの場所では時間をつぶすお客が大半だろうし、居続けたとして二、三時間が平均的な滞在時間と計算すると、それなりの集客力は見込めるのだろうと推測に設定。

 店員にコーヒーを注文した。暖かい室温特有の、意識を失うめまいが襲ってきた。体にはこたえる。もうそろそろ引退を考えるべき年齢にさしかかってるのは重々承知であるが、警察を辞めてどのような明日待っているのかは想像が難しい。どこへ行って何をして誰と居てなどということは、得てして私の体を遠慮がちすり抜けてきたのだから、今更欲しいなんて、言えはしないのだ。過去をなぞっているとも言い換えられるが、他の選択肢に魅力を感じないのだ。失敗への恐怖とはニュアンスや色合いがまた別のような気がする。そうだ、そうやっていつも他人ごとでふわふわの着地が私の感覚。

 不来回生が狭小の店舗内で微動だにせず、首を上に傾けていた。力の抜けた体重の乗り方で、踵に重心が移動、背中はスラリと力の抜けた、よく言われる綺麗な姿勢とは異なるが、まったく力みを感じさせない風体だ。

 コーヒーがにこやかな顔とともに到着。嫌いだったうわべだけの顔も受け取る側の心情で好意的な笑顔にもなりえるのだから、面白い。店員が裏でいくら私を罵倒しようとも、私は気分よくコーヒーをすすっているのだから、何も深く考えることなく私だけのテリトリーで判断すればいいだけ。安易に人の立場にたってまで考えだすから脳内の配線がこんがらがるのだ。シンプル。それが充足や不用意に日々のバイオリズムを減退させないための法則だろうさ。見張りの捜査も退屈で神経をすり減らすだけに焦点を合わせると、身がもたない。けれど、対象者がどのような人物で性格でどんな仕事をしていて、家庭環境や日常の行動をと、考えていくと時間が有り余っている分、次の対象者の行動が読めて、複数の予想をストックしておけば、咄嗟に取り出せるようになって、今のように悠々とコーヒーをすすれるのだ。彼が何をしているかを逐一観察するのではなくて、視界の片隅に置いて、大幅な動きだけに反応する。

 店内に若い女性がかき鳴らすギターに等身大の歌詞をのせて伸びやかで混じりっけのない歌声がBGMで流れると部長は眠りに落ちてしまった。まるで黒い飲み物に睡眠薬が入っていたような落ち方である。それでも誰一人として部長の眠りを異変と捉えるものはいない。スヤスヤと規則的な寝息が歌に乗せたリズムを刻んで膨らむお腹が呼応しているようであった。窓越しの不来はまだ制止を継続、パントマイムでお金が集まるほど原子レベルまで遡った共通性を見出していた。