コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

ROTATING SKY 6-3

 救急病院で処置を受けた理知衣音の目は大事には至らなかった。目を洗った事が幸いしたらしい。医者が言うには明日になれば視力は回復し目が見えるようになっている。しかし、何度か病院には通院してもらうとのこと。

 視界は治療の目薬で更にぼやけている。理知は一時間ほど待合室のベンチで時間を潰した。上司は理知を送って行くと主張したが、そこまで甘えるわけにはいかない。二人も工場から抜ければ今日の工程は残業なしで定時に帰れないのは目に見えている。タクシーは病院の前に止まっているから大丈夫、心配ない、と言って追い出すように上司を帰した。

 待合室は暖房が効きすぎている。頻繁に開く入り口の自動ドアに対応するための暖かさか。そろそろとまぶたを開けて室内を眺めた。輪郭はまだぼやけていて、外を歩くのは無理そうだ。

「あの、理知衣音さん?」左から衣音は声をかけられた。まだ、体は敏感に反応する。

「……そうですが」警戒心が無意識に働いてとっさに目が閉じた。盲目が安全と解釈してしまう。

「先ほどお会いしたO署の熊田です。覚えていませんか」ふっと理知は息を吐いた。

「刑事さんか、驚かせないでください」

「そんなつもりは。怪我の状態は?」

「知っているのに聞くんですね」

「医者はあたなではないですから」

「失明にはならないそうで、二、三日で元の視力に戻ります」

「犯人に見覚えはありますか?」種田が尋ねた。理知は顔ごと種田に向ける。

「さあ、とっさでした。スーツを着ていたのと窓にネクタイの先があった……。あとは目に液体をかけられて、車は去って行きました」理知はうなだれて、クイッと頭をあげる。「わたしが運ばれたのを何故知っているのです?」

「事情はコンビニで聞きました、サイレンが鳴っていたので。そして置いていった車を調べてここへ」

「ああ、そうですか。さっきはすいません。なんだか怒鳴ってしまって」

「いいえ」種田は冷たくこたえる。

「事件に巻き込まれたと解釈していいんでしょうか。だったらなんでわたしが」理知は二人の刑事を交互に見やるがやはり映像は歪んでいる。

「正直、まだ何もつかめていない。ですが、人違いで狙われたとは思えません」熊田は声を潜めて言う。待合室の患者の目と耳が三人に注目していた。理知は探るような気配を感じた。

 目が疲れてきた。理知は目を閉じる。「私、……殺されるんですか?」

「あなたに監視をつけます。二十四時間の見張りで警護します、ご安心を」

「安心?」理知の首が下へ下へとリズムを刻む。「狙われたのよ、町中で、コンビニの駐車場で。夜道でも人混みでもない、見られても構わないような人たちがやったの。安心したら今度こそ殺される」沸点に上昇する感情に患者や受付までが視界の一部にこの三人を捉えだした。何かしらの厄介事に巻き込まれたと既に勘が良ければ、いや誰にだって浸透しているだろう。それぐらい理知の音量は上がった。

「裏を返せば、あなたは殺されませんよ」種田がカバンを肩にかけ直し、宣言した。

「どういう意味?」理知の口調が荒っぽくなる。

「殺すつもりなら、もうあなたは生きていません。証拠を残して立ち去ったのはあなたへの忠告」

「私に?人違いではないと言い切れる?」

「我々があなたに接触したことを監視していたとすれば、あなた、もしくは警察に対する警告でしょう」

「これからも狙われるのかしら……」理知が呟く。

「捜査員を呼びましたので、自宅までお送りします。もしも必要ならあなたの車を自宅まで運転しますが」

「……。ああ、車ね。うん、ええ、そうしていただけるのならお願いします」トイレの鏡で見た、落ち窪んだ目元と影のついた頬が思い出された。しおらしくて熱量を放出してしまって空っぽになったようだ。

 刑事の車で自宅に送り届けられた理知は、既に到着していたマンション前の駐車場の襲われた所有車に視線を送った。駐車場所もおそらくは定位置にとめられていると、エントランスで立ち止まり目を細める。送迎の刑事には不審な事があれば連絡を、と指示を受けた。見えないのだから対処の仕様がないのをわかっているだろうか、そう理知は思う。かろうじて家に到着すると、どっと疲れが舞い込んできた。散らかった居間に突っ伏、午後の暖かい光がカーテンから注がれてる。

 何故あの人で今度は私なのだろうか。狙われる?もっと他にどうでもいい人がいるはずなのに、選ばれるのはうちの家族。灰都の身の安全が頭をかすめる。学校に連絡をしようか、登校していないこともありえる。落ち着け、それならば連絡が来ているはずだ。

 コートのポケット、服を探る。……携帯は車の中だ。 

 鈍重な体を無理やりにも起こす理知は、たどたどしい歩みで車に辿り着いた。ブレーキの下に隠れるように携帯が転がっていた。手探りで、下に落ちたんだろうとすぐに見つけられた。運転席に乗り込み、目を凝らして着信履歴を確かめる。しかし、電話はかかっていなかった。ホッとしたような安堵感、シートに体重を預けたら、本日三度目のノックで窓が叩かれた。