コンテナガレージ

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飛ぶための羽と存在の掌握2-1

 鈴木は、熊田と相田からの無理矢理ともいえる重圧に負けて、PCで過去の事件を調べていた。自宅でシャワーを浴び、着替えてまた署に戻ってきた鈴木と相田は、休む暇もなく仕事に取り掛かる。しかし、相田は鈴木に事件の検索を任せた。なんで僕が、という感情も湧いたのはほんの数分で、イライラは休息が足りないのだとデスクワークにともなって気分が晴れていく。相田はトイレだと言って出て行ったきり、十分も姿を見せない。喫煙もトイレに含まれるらしい。コーヒーを奢ってくれたら許そうと鈴木は思いつつ、事件、事故を調べた。

 理知衣音の名で検索をしているが、引っかからない。彼女の夫の事故だけが何度も表示された。閲覧できない情報があるとも思えない。熊田が間違いを教えたのではと、鈴木は疑ったぐらいだ。不来回生と触井園京子の通院歴は上層部が資料を握っているために閲覧は不可能であった。過去の事例として理知衣音は調べられると安易に決め込んだのが甘い。

 相田が欠伸をしてドアを開けて中に入ってきた。どさっと席につくと、缶コーヒーを鈴木のPC横に置く。「なにか見つかったか?」相田はコーヒーを開けて口をつける。

「いいえ、なーんにもです。彼女の旦那の事故は出てくるんですが、事件でも事故でも彼女の名前では出て来ません。彼女、事件に遭ったのでしょうか。熊田さんでも間違いはありますよね」

「彼女の子供が小学生だとすると、少なくとも六年前には結婚している。その前だと、彼女の苗字は旧姓じゃないのか?」

「そうか!なーんだそれで検索にかからなかったんですねえ。うっかり、うっかり」

「俺が調べたほうが効率的だな」相田が二、三度頷く。

「僕が間違えていたから相田さんが煙草を吸えたんですよ、なんなら感謝されてもいいくらいなのに」

「お前のその根性が気に食わない。いいさ、だったら何時間でも思う存分吸ってくればいいさ」

「自分が吸ってきたから、そうやって相手に同じことをさせられるんです。仮にも先輩ですよ、もっとこう上手く、ずるく煙草を吸ってきてくださいよ」

「仮にも?」

「あの、種田さんは?」ドアから顔を覗かせた事務の女性が種田の行方を尋ねた。彼女の顔は呆れて、口元が引き攣っている。

「捜査に出ています。なにかあれば伝言しますけど?」鈴木がまだ興奮した高い声で答えた。

「健康診断の書類に不備がありましたので、戻り次第私のところへ来るようにとお伝えください」

「はい、わかりました」

「……失礼します」

「完全に僕達の株は下がりましたよ。どうしてくれるんですかね、先輩」皮肉を込めて鈴木が言った。

「株の価値は最初から大暴落だよ。この部署に配属になったその日からな。最低だって目で見てくるんだ、不必要な気遣いをしなくて済むんだ、好都合ってもんだよ。誰に何を言われてもこちらの見方が定まって明確であれば怒りも期待もない」

「やっぱり、相田さんはこっそり詩集とか読んでますよね。絶対そうです、間違いない」

「読むか。それよりもほら、彼女の旧姓を調べろよ。熊田さんたちだってそろそろ帰ってくるぞ」

「急かすんだったら自分でやればいいんだ」鈴木は座り直してしびれた腰の位置を前にずらし、頬をふくらませながらもコーヒーの糖分で低下した脳の働きを回復させつつ、PCに向き合った。彼女の旧姓は相田が曇った窓を見ながら教えてくれた、どうやら喫煙が長引いたのは情報を聞き出していたからなのだと思う。

 相田の指摘から数分で鈴木は目的の案件を探しだすと、見計らったようにタイミングを合わせて熊田と種田が帰還した。

「お疲れ様です」待機組の二人の声がそろう。しかし、両者は声が合ったことで睨み合った。

「何だ、お前たち」熊田が息を吐いてコートを脱いだ。「不来回生と触井園京子の病歴は?」

「僕の権限では閲覧は禁止されていました。おそらくは上層部が情報を遮断しているものと思われます」

「そうか。理知衣音の事件は?」

 そちらは調べがつきました」鈴木は自分が調べたのだと、主張するようにディスプレイを指さす。

 熊田はコートを専用の場所には掛けずに鈴木の隣のデスクに無造作に投げ、PCを見る。

 報告書には、このように書かれていた。