コンテナガレージ

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飛ぶための羽と存在の掌握2-3

「そうじゃなくて、ほら空間をプロデュースする仕事なので、常識でははかれない発想に身をおいている。だからでしょう」

「やけに肩を持つじゃないか。そいつのファンかよ」

「芸術家ってそんなもんでしょう。だって、常識内で創りだしたところでそれは見たことのある隣にあるものだったら誰も食いつきません。変だから、違うから、仕事として成立するんですよ。たぶん」

「鈴木さんが正しいです」種田の援護射撃。

「なんだよ」ふてくされる相田。

「それで?」熊田は続きを求める。

「どこまで言いましたっけ?」

「日井田さんが不具合を指摘した」

「そうそう。それで、彼女から言われたとおりに車を調べたら、また不具合が見つかったんです。僕が聞き込みに行ったときは既にリコールの車でしたけど」

「M社サイトの書き込みは、結局情報が得られないままか?」熊田が横に首を倒して訊いた。近距離で見ると皺が目立つ、鈴木は疲れが出始めた熊田の年齢はいくつだったか、と記憶を探り、質問に答えた。

「はい。M社の関連が臭い始めて、不来の所有車と同型の車種を調べました。結果、該当車両で死亡事故に遭った家族を熊田さんと種田が、相田さんが軽傷者の触井園京子の捜査にあたりました」

 相田がつぶやくように言った。「俺が触井園京子の死体を発見した」

「ええ、第一発見者というわけです。今のところは相田さんが最有力の容疑者です」 

「おい、冗談でもやめろ」

「すみません、つい口が滑ってしまって。悪気はないんです」

「あったら殴ってるよ」

「それで?」二人のやり取りに取り合わない熊田が続きを催促。

「ああ、はい。触井園京子は一階、リビングの居間で体を背もたれ預ける体勢で死亡していました。相田さんと駆けつけた鑑識の初見はフロアに飛散した血痕から胸部の刺傷が死因。ソファから1メートルほどの空間を隔てた窓の施錠を確認し、外に通じる一階、二階の窓もすべて鍵がかかっていました。ですよね、相田さん?」

「鍵はどれも内側から施錠するタイプでロックされていた。言っておくが俺は触っていない」

「わかってますよ。相田さんの後に鑑識、続いて僕がはせ参じた」鈴木は片手を広げる。「おかしくないですか?」と、急に問いかけた。

「また俺を犯人に仕立てあげたいのか?」

「早まらないでください。彼女、自殺ではなく他殺だと仮定して考えると、胸を刺されたのに首を絞めた凶器も見つからないんです。現場に残さなかった、あるいは残させなかったのはたっぷりと後始末の時間が確保されていたと捉えるべきで、床には大量の血痕。まったく犯人に付着してないとは考えにくい。また、リビングから外に出たとしても一滴も血痕が落ちていないのは殺害前に何らかの用意がなされていたという結論に行き着きます」鈴木はここで息継ぎ。「それはつまり計画的に事前に前もって犯行を企てていた」

「計画的犯行でも突発的でも人を殺して時間があり、余裕を保てる精神状態であるなら切り抜けられる場面じゃあないのか」相田が反対の意見で場を盛り上げた。このような討論、議論の場においては必ず中心の意見とは正反対の見解を述べる必要がある。矛盾が生じれば、論証は不成立となる。無論、何事もセオリー通りに事が運ぶわけではないことはここの刑事たちは肝に銘じているだろう。世間は通常と不釣合いな空想との間で揺れ動き、それらのバランスが崩れてマスコミを賑わす事件が生み出される。

「彼女はたまたま帰ってきたのでしょうか?携帯の履歴にもそれらしく連絡を取り合った痕跡は見当たりません。彼女を思いつきで訪ねて来たのなら、途方も無い偶然だと思いますよ。会って話すなら約束の一つぐらいメールで取り付けるのに何も出てきません。駅の伝言板でも利用したんですかね?」

「随分と古いことを知ってるな、世代じゃないだろう。生まれた時から携帯が傍にあった世代だろう?」熊田の右の口元が引き上がる。

「漫画で読んで、なんかいいなって」

「時間の無駄です」種田が一刀両断。

「そうかな。僕は携帯で連絡を取るのは違和感があります。こちらからかけると、どうしたって相手の状況はわからない。それなのに、今何してるとか、明日飲みに行こう、なんてことは口が裂けても言えません。答えを考える暇も与えられずに参加、不参加を求められますからね。相手はじっくりと考える時間があったのにですよ。それに、だって発信者は承諾してくれると思ったから電話をかけてきた、それを無碍に扱うのはどうでしょうかね。一方的な要求は返答がなくってもそれが連絡の手段として二人の間で成立していたら待ち合わせだってできちゃいますよ」

「身の上話の相談コーナーにするなって」相田が議論の私物化を嫌う。

「つまり、触井園京子は一方的に約束をかわす状況に追い込まれた、そう言いたいのか?」熊田が上目遣いで鈴木の言葉を要約、結論を告げる。

「なんとなくですよ。だからといって相手の正体はわかりません」

「なんだよそれ。思いつきか」再度相田の口が吠えた。

「熊田さん?」顎を引いてじっと灰色のデスクの天板を凝視する熊田に鈴木が語尾を上げて疑問形で声がけ。

「……」

「いつものだんまりか。こうなったらテコでも動かないから煙草を吸ってくる」相田がすくっと席をたつ。

「ちょっと、相田さん。捜査は?」

「議論がまとまったら教えてちょうだい」相田はそそくさと部屋を出て行った。いつもながらに判断が早い。

「どうする?」鈴木は種田にきいた。

「私は部下ですから、指示に従うしかありません」

「……あの、俺も煙草吸ってきていい?」ぎろりと種田の射抜くような視線。

「いるよ、居ればいいんだろう」

「まだ何も言ってませんよ」

「目が口ほどにわかりやすく言ってる」

 熊田は固まりつつも、周囲の声は聞いている。反応を示さないのは単に微かな引っ掛かりを忘れないためだ。

 熊田がおもむろに立ち上がると鈴木と種田が注目した。

「出てくる」

「あの、どちらへ?それに、捜査は?」コートに袖を通す熊田は人を寄せ付けないオーラが漂っていた。それでも鈴木は持ち前の口上で捜査を放り出してまで優先される行動があるのか、そういう意味で尋ねたが、熊田は答えには応じず部屋を退出した。