コンテナガレージ

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飛ぶための羽と存在の掌握4-1

 「次から次へと……」

 署内で事件の一報を聞きつけた熊田、種田、相田、鈴木は茫然自失としていた。漏れ聞こえる事件の概要を拾い上げるとこうなる。M車の不具合を訴えた不来回生は昨夜未明にS市中心街の立体駐車場を出てた直後に猛スピードのSUVに運転席側の側面をぶつけられ帰らぬ人となった。仕入れた事件の続報を種田に伝えることで熊田、相田、鈴木の利害は一致した。熊田はキャリアの長さから顔見知りや後輩から、相田は飲み屋で漏らした秘密をネタに同僚たちから、鈴木は主に女性から情報を聞き出した。彼らにだけ情報が伝えられないのは、彼らが捜査の途中段階で外れるよう上層部の指示を受けたわけであって、当然のごとく彼らはそのような圧力に屈する性質でもなく、火に油を注ぐように内燃機関に燃料が注ぎ込まれた形となっていた。

「皆さんのお話を総合すると不来は殺されたというよりも、偶然の事故で亡くなったというべきでしょう」そう言って種田は咳払いをした。今朝起きると喉がヒリヒリと痛かった、しかし、常備薬はあいにく切らしていて、そのまま出勤してきたのだ。念の為にコンビニで買ったマスクで最低限のマナーは果たしているつもりだ。インフルエンザでなければと願うだけ。

「単独以外の事故は、全部偶然だよ。平均時速六十キロで走る金属の塊同時が衝突もせず不安定な人の操作ですれ違っている。事故らないことがそもそも奇跡だよ」相田の意見は物事を悲観的に捉える傾向で述べられる。

「ぶつけた運転手はどうなったんです。生きてるんだろうか」鈴木が椅子をクルリを回して惰性で自転。

「相手の様態はまだ掴めていない」熊田が重い口調で話す。「搬送先で治療が行われてるとだけしか伝わってこなし。上層部も一旦捜査員を集めて会議室に篭ったきりだ」

「しかしなんでまた不来さんが殺されなければならいのがわかんない。あの人は狙われていたってことですか、触井園京子みたいに。でもなんていうか殺害の仕方、もしも殺されたのであればですけど、雑っていうか大ざっぽに思えて」鈴木は腑に落ちない様子をにじませて言う。

「性格的な要素が犯行に表れる、ありえる推理だろう。だが、その心理を逆手に取れば本来の性質とは真逆の人物が犯人から除外される、それらを狙っての対極の手口かもしれん」熊田は口に半透明の細いパイプを咥えていた。車の移動でもたまに咥えている喫煙抑制のいわばおしゃぶりであると種田は解釈してる。

「現場に再確認しませんか?」種田は提案した。皆が驚きで凍りつく。危ない橋だというのは理解しているつもりだ、でも行かなければ、この目で見なくては感じ取れない気配があるのだ。

「その必要はない」今度は種田も含めてあっけにとられた。襟の立ったコートを着た部長が爽やかに登場したのだ。「何故、どうして、と顔に書いていてもお前たちが、自分たちがどうしてここにいるのかを私が納得するよう説明ができるか?」登場の仕方と発言といい、この上司には人を惹きつけるなにかがあった。もちろん、だからどうと言うことではない。たんに、相手と同調し、大まかな括りで同胞だと言うのだろう。

「お言葉ですが、部長は今の今までどちらで油を売っていたのでしょうか。お答えくだされば、私がその質問に納得のいく回答を提示して差し上げます」熊田、相田、鈴木の口が順に微笑、興奮、戦慄を形作る。室内は一挙に屋外の空気と入れ替わったようであった。

 「その正直さはいずれ命取りになる」さっそうと自分のデスクへ部長が移動。「まあ、そう突っかかるな。お前たちが最も欲する情報を提供しようと言っているんだ。感謝されてもバチは当たらないだろう」

 「なんです、情報というのは?」鈴木の質問攻めは無意識に、いや反射的に発動するようだと種田は観察。すぐに部長に厳しい視線を送る。

 「このままでは殺されそうなんでな。不来回生をここ数日間追っていた。質問はなしだ。質問をすれば、発言は終わりにする」部長は指を立てている。刑事たちは口をつぐんだ。「よろしい。皆も知っての通り、彼は死んだ。事故か事件かの決定は運転手にしか、わからんだろう。その死に至る前、私は不来を監視下においていた。通り向かいのカフェで動きをつぶさに観察していた。改装中の店舗に入り、途中そこを離れ、十分ほどで戻ってきた。追わなかったのは彼の行動は非常に規則的なものだったからで案の定、彼は差し入れのコーヒーを抱えて姿を見せた。朝方、作業員が帰るとそれに遅れて五分ほどで彼も店から出た。で、あのような惨劇に巻き込まれたというわけさ」口ぶりも身振りも以前より軽薄、種田にはそう映った。もちろん、これがあの人の手法なのかも。あえて別の一面を見せることで本来の自分を隠そうとする、再開までの期間が長ければ長いほどにデータの更新は大掛かりで、あたかもその変貌ぶりが成長と捉えてしまうのだ。騙されない。あの人は装っている。いくつの人を持っているのか、新しい部長を脳内に格納した種田である。