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飛ぶための羽と存在の掌握4-2

 種田の表情は硬い、部長が場を和ますために言う。「なにか言いたそうだな、種田?」

「……質問しても宜しいのですか?先程は、遮りを拒みました」

「話しの途中での質問を受け付けないという意味だ」

「何故、不来回生を追っていたのです?」

「言えない」

「部長はどなたから指示を仰いでいらっしゃるのでしょうか?」

「それも言えない」

「一連の事件はもちろんご存知ですよね?」

「何の話だ?私は不来回生だけを追ってきたつもりだが」おどけるように表情を和らげ、背もたれに預けた体で部長が答える。

「嘘ですね。理知衣音の身辺を調べていたと言えない理由があるのですか」

「たまたま通りかかっただけだ」

 事務員の女性がドアからデスクで話し込む刑事たちに投げかけるように視線を送っていたので、鈴木が声をかけた。おそらく、種田と部長の緊迫感が彼女に伝播し声がけを躊躇わせたのだろう。鈴木の動作で種田もそちらに顔を向けた。

「種田さん、今よろしいですか」

「部長。あの方の顔が見えますか」

「なんだね。うーん、男には見えないな」

「胸にネームプレートの文字が読めますか?」試すように種田は尋ねる。

「事務員だろう?」

「名前をおっしゃってください」

「なにがしたいんだ?」

「読めないのですか?おかしいですね。雪が振り視界が限られていた理知衣音をあなたはどうやって判別することができたのですか?彼女には事件以来会ってはいない、熊田さんにそう言っていた。また、彼女は通り魔事件の苗字から理知に変わっています」

「まったく、熊田」

「はい」

「こんな隠し球を持っているなんて聞いていないぞ」

「こいつはいつもこんな感じですが」

「そうか。分かった、今度こそ正直話すよ。その前に彼女の用件を聞いてあげたらどうだ?」部長は前にスッと右手を差し出して正面に立ち尽くす事務員の女性に主導権を移してあげる。

 渋々種田は部長への視線をもとに戻す。おそらく顔は厳つかったと思う。「なんでしょう?」

「あ、健康診断の再検査の通知が自宅に届いていたはずなんですが……」彼女は吊り橋を慎重に揺らさないように風が吹かないように祈って渡っているようだ。

「忙しいもので。なかなか時間が取れません」

「皆さんそうおっしゃいます。しかし、規則は規則でして受けていただかないと、義務ですから」説明になっていない。ただ、彼女は仕事をこなしてるだけなのだから責められない。

「わかりました。なるべく早く受けるよう、努力します」

「あと、こちらの書類に判を」ささっと近寄り、胸に抱えた封筒から書類を抜き取って判の場所を指で指し示した。種田は引き出しから判を出して、丁寧に均等に力を込めて赤の色を配色した。

「どうも。健康診断は今月までなので」

「はい」

「では、私はこれで」帰り際、事務員は部長を盗み見た。だれだってそうだろう。あの人が廊下を出た途端、周囲の人間に誰彼ともなくサイレンのように部長の存在を撒き散らすんだ。

 ドアの遮蔽音。種田が追い詰めた部長に向かっていく。突進していったわけではない。「部長、続きをお聞かせください」

「丁寧な口調に迫力が伴うと手がつけれんなあ。やれやれ、どこから話そうかな。その前にまずタバコを吸わせてくれないか」部長は指を二本沿わせると口元から話してジェスチャー

喫煙室に行ったふりで逃げる。いいでしょう。ここには私達しかいませんから、今回だけ禁煙の室内での喫煙を許可します」

「何だあいつ。あんなに張り切ってるんだ」相田が鈴木に囁く。

「嘘をついていたからですよ。種田は嘘が嫌いなんです」

「幼稚園児じゃないんだぞ」

「わかった」部長が白旗を上げる。「いいさ、ここで吸おう」部長は慣れた動作でスーツの内ポケットから煙草と携帯の灰皿を取り出した。灰皿といっても防火フィルムを内側に這った小銭入れのような形状である。

 タバコに火を灯した。口から煙を吐き出して部長が言葉を綴る。

「特段、不来回生と理知衣音に目的を定めて捜査を進めていたのでないことを断っておこう。大本、指示を仰いでいる組織の名称は言えない。いえば私はいなくなる。この事実を公表することも本来は口止めされている。その点を考慮して聞いてほしい。情報の共有は身の危険もはらんでいる。既に話したのだから、もう遅いが、まあそのぐらい危険な組織であると理解してほしい。ええと、なんだっだけか。うん。一連の事件と種田が口にしたあたりで、事件の繋がりをまさにいま確認できたぐらいで理知や不来を追っていた時には考えもしなかった。不来を追っていたのは、そういった指示があったからで本質的な目的は伝えられていない。ただ、理知衣音、彼女の場合は夫の死の真相が目的だった」

「死の真相?やはり、単なる事故死ではなかったのですか?」鈴木がきいた。熊田は黙って首をすくめて動向を見守る。

「事故死とはそもそも何をもって事故といえるのか」部長は雄弁に語る大学教授のごとく生徒たちに投げかけた。