コンテナガレージ

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夢が逃げた?夢から逃げた?1-2

 二人は屋内へ。現場のリビング、美弥都があとを着いてこないので不審に思い、玄関に引き返すと、彼女は首を斜めに傾け圧迫感のある天井と下駄箱を絵画でも鑑賞するように息を殺して観察していた。

「なにか?」

「外観は古いですけれど、掃除はされていたみたい。天井の隅に蜘蛛の巣がないもの。下駄箱の扉、模様の凹んだ箇所もこびりついた埃がありません。触井園さんは几帳面な性格でいらっしゃる」玄関だけでこれだけの観察力。見ている視点が違いすぎる、熊田はまざまざと己の無能さを見せつけられた。

「劣っていると感じ取れる。それだけでも立派な才能です」心を見透かした美弥都は透明な瞳で続ける。「偉大な芸術家も作品を評価する人材が世に出て、素晴らしいと大衆に噛み砕いてくれて存在を見出される。説明を施さないとただの人。見る目を持つ人は衝動を行動に移す前に萎えてしまうか、見限ってあるいは諦めてしまうのね。もっと他の物に目がいってしまうのかしら」

「鈴木から事件について聞いていたのではありませんか?」熊田の内情に対する的確な指摘はもしかするとこの人は世界のすべてを掌握しているのではとの錯覚に陥る。通常の思考プロセスを逸脱した特殊な状況に感化されたノイズ交じりの異種感覚。

「鈴木さん?ああ、あの刑事さんね。いいえ、まったく。最近はいらしていないのではないかしら。私の記憶違いでなければ」美弥都はブーツを見た。「靴は脱いで上がりました?」敲きに熊田の靴はない。

「すいません」慌てて熊田がポケットからビニールの覆いを手渡す。「これを靴にはめて上がってください。靴を脱いで上がっても構いませんが、床は汚れていますので」

「ご親切に」

 リビングは来るたびに姿を変えているようだ。今回の感想は、画家のアトリエ。床に飛散した血痕が馴染んでる。二階の絵画が窓際にイーゼルに立てかけてあれば雰囲気はまさしくアトリエだろう。

 熊田の横を風と同じ気配で美弥都がすり抜けた。熊田の半身に鳥肌が立つ。

「殺害の状況を教えていただけます?」窓に向いたまま美弥都が聞いた。

 一拍遅れた熊田が慌てて答える。「被害者はソファに座る状態で死亡、胸部の刺創が死因です。発見当初は、首の締め痕から絞殺が疑われましたが、首を絞め弱ったところで胸を刺したと思われます」言い終えて熊田は美弥都の反応を伺った。

 美弥都は振り返る。「どちらから刺されました?前からそれとも後ろ?」

「前面です。貫通はしておりません」首を絞められ意識は朦朧、そのような状態であえて後ろからとどめを刺す必要性があるだろうか、と熊田は美弥都の質問に疑問を覚える。

「憎しみを触井園さんに抱いていたのなら、苦しめて殺したいと思うのが本望でしょう。首を絞めたのは、不可抗力を避けるためかもしれません。つまり、犯人はそれほど大きくはない体格、そして触井園さんよりも小柄」

「自殺の可能性は考えられませんか?」すかさず熊田はもうひとつの可能性をぶつける。

「ないわ」意図も簡単に可能性は一蹴される。

「殺害を依頼したかも知れません」熊田は食い下がる。というよりかは、あらゆるこれまで考えついた可能性を美弥都に添削してほしいという思いが強い。

「女性の力をもって自らに凶器を突き刺すことは不可能に近い。もちろん、道具を使用すれば話は別です。しかし、そのような器具は現場にはなかった。よって、先の見解が導かれた。凶器を突き刺す機械のロック解除が彼女の手で行われたのだとしても彼女は亡くなり、既にこの世にはいないのです。刑事さんは何をお知りになりたいのでしょうか?彼女が殺されたならば犯人を、自殺ならばその証拠を探すのでしょうか」

「死にたい、そう願ったとしても彼女は生まれたのですから生きる価値があります」

「生まれるのは両親の勝手で彼女は死ぬことも選べないの?」

「死は罪です」どこかで訊いたやり取り。発言者は種田だっただろうか。

「あなたは特定の宗教を信じていらっしゃるの?」

「いいえ、まったく。ただ、悲観的な幻想に囚われた死ならば、止めたい」 

「殺害の証拠が見つかっていない、だから自殺とも言い切れない。これが警察の立ち位置ですね」美弥都は話題を変えた。