「それはちょっと突飛過ぎます。トランクは一旦閉めると内側からは開きません」
「どなたかが開けて差し上げたのでしょう。非常に妥当な考えです。トランクにいないとすればですけど。もしかするとまだ中に入っているかもしれませんね、可能性は極めて薄いですが」
考え込んだ熊田に今度は美弥都が質問する。「すべてを納得させるなんて言う発想自体が無意味ですよ。それに……第一発見者の方は、玄関から室内に入ったのですか?」
「はい、そうです。それがなにか?」
「どうやって鍵を開けたのでしょう?」
「そうか……」押しつぶされそうな肺に不意打ちの空気が注入されて全身に酸素が供給、視界がぱっと開ける。
「鍵はそもそも開いていた。密室ではないのですよ」美弥都は腕を指し示した。熊田が腕時計を見るときっかり十五分が経過していた。
「まだ、肝心なところを伺っていないのですが……」このまま返したくない、というのが熊田の本心だろう。
「車中でもお話はできますよ。遅れては店に迷惑がかかります、それだけはどうしても避けたいのです」じっと美弥都に見つめられると要求に答えないわけにいかない。二人は玄関を出た。
「鍵は現在も閉めておられないようですね」美弥都がステップを下りながら言った。天候は回復し雲間から陽が差してくる。
「言われてみると。見張りが立っているとばかり思っていましたから」
車に乗り込んで店に向かう。轍の側道をそろりと走る。臨海道路に合流し中央分離帯の切れ目でUターンした。
「もう必要な証拠は集めたということでしょうか。同じ事件ばかりにかまけてもいられませんものね」助手席の美弥都はずさんな現場の管理に苦言を呈した。
「何と申し上げていいのか……」警察の無残な捜査状況の非礼さを熊田は詫びた。
「特に重要視はしてない。それか事件が解決した、のどちらか。どちらでもかまいません」
「先程の続きですが……」熊田は隣の美弥都を盗み見る。「犯人は血を浴びずに犯行を行えたのですか?大量の血痕が飛び散っていました」
「浴びたでしょうね。浴びても問題がなかった。影響が見られない。及ばない、そう捉えるべきです。つまり、刑事さんはソファの前で彼女が殺害されたと考えたから血の存在が切っても切り離せなくなった。しかし、刃物を刺しても抜かなければ血はあまり吹き出しません。凶器の柄に紐を巻きつけて引っ張れば離れた場所で血を浴びずに彼女を殺害できます。紐を手繰り寄せ、凶器を回収すれば現場が誕生します」
「無理です。それなら私どもも考えつきましたが、彼女の体を支える物がありません。ソファの前には何も置かれていないのです。……なにが置いてあってそれも回収したというのですか?」
「大掛かりな仕掛けはおそらくなかったでしょう。警察はどこを調べたのでしょうか。床、壁、窓、ソファ、ストーブ。支えがなくても凶器は自然に抜けます。天井です。太い梁に紐を沿わせて引っ張りあげれば彼女の体は凶器と繋がり宙に浮き、時間とともに重力の作用で抜け落ちる。天井は昼間でも薄暗い、梁の色から血の付着は見落とされていたと考えるべきですし、高すぎるからと調べを怠ったのでしょう」
車は店に到着、美弥都を下ろした。熊田もエンジンを切り外に出る。
「まだなにか?」美弥都がドアの音で振り返った。
「ええ、たまに息抜きも必要かと思いまして。お邪魔でしょうか?」
「いいえ、事件のお話をしない限りは店長に歓迎されますよ」たとえ煙たがられても、真相が知りたい。終わりが見えると途端に完遂したくなるのなぜだろうか、パズルのピースを慎重にはめる、あの時の感覚が熊田を支配した。