コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

夢が逃げた?夢から逃げた?3-2

「しまいなさい。君のお母さんに話があるだけだ。傷つけたりしないと約束する」熊田は敵意はないとはっきりと両手を上げて少年に向け、興奮を落ち着ける。

「嘘だ。この前だってお前たちが帰ってから、泣いてたんだ。知ってるんだ、お前たちがひどいことを言ったんだ。だから、今日もいじめにきたんだ。ダメなんだ、絶対にもう泣かせたりしないんだ。僕が守るって決めたんだ。帰れ!」ナイフの先が鈍く光る。

 ちょうど、廊下の窓から暮れかけの傾きはじめた低角度の陽が金属と呼応。こうして初めて一体となれた、とナイフが喜んでいるように鈴木には映る。いいやそんな場合ではないと、わざとらしく首を振り、そっと種田に接近、斜め後方から囁く。

「どういう状況?」

「見ての通りです」警察と名乗ると息子がナイフを持って廊下まで二人を追いやった、と種田がテキパキと現状を伝えた。

「理知衣音は部屋に?」

「ええ、おそらくは。玄関に靴がありました」

「でも、車は駐車場になかったけど」

 灰都から視線を外して種田が首だけを鈴木に向ける。「不在だと外部に教えたかったのでしょう。会社に停めたまま帰ってきたのかもしれません」しかし、すぐに顔は正面に戻された。「あの子がナイフを振り回していることも在宅の確率を高めます」母親がいなければ庇う必要はないのだから、種田の言うことは正しい。

「どうしても中にはいれてくれないのか?」熊田はいつものぶっきらぼうな調子で聞いていた。子供相手なんだからと鈴木はやきもきして見守る。

「帰れって言ってんでしょう?僕一人だけ!」

「お母さんは、仕事か?」

「……そうだよ、今日は遅くなるって言ってたから、だから帰ってよ。待ってたって残業で遅くなるかもしれないし」

 熊田はにじり寄る。床にはズボンの裾に張り付いた雪がずり落ち溶けて水のたまり。

「じゃあ、帰ってくるまで家で待たせてもらう」

「ダメだって言ってんの!」

「何を隠している?」気分を落ち着けるためかそれとも相手の気を逸らせるためか熊田はおもむろにタバコに火をつけはじめた。煙の行方で風の位置と強弱、流れが目視。人の気持ちもこうやって目で捉えることができれば、少年の思いも汲み取ってあげられるのにと鈴木の胸が張り詰める。少年は、知ってしまったのだろう。

「な、なんだよ。隠してなんてない!」熊田が半歩近づく。「来るな!きたら、刺すよ」

「君に用はないんだ。君のお母さんに聞きたいことがあってね。そこをどけてくれないか?」灰都は背中にドアを貼り付けていた。両手でしっかりとナイフを握っている。小刻み震えてる。目は血走り、視線も細かに微動。

 守りたいという感情は、時に能力以上の機能を体から引き出す。もちろん、一時のことで、継続して力を発揮するための能力ではない。体を守るための爆発的なリミッターの解放である。理性が守っているとも言われてる。本来有してる機能をひた隠しにする訳は、危険に晒されないからだ。命が失われる状況を人生で何度経験するだろうか。事故や事件を除いてである。不可抗力を回避したいと切に願った末の力の解放。自分にはそれが備わっているか。あれこれと考えて動けないのではと思ってしまう。少年のように負けるとわかっている戦いに勇んで臨む制限はいつまで経ってもスイッチが切られないままだろう。

 煙が吸い込まれて灰都のもとに吐き出されるとピンと指先から煙草が跳ね上がった。咄嗟に灰都が煙草を避けようとドアの開閉が可能となる。熊田は灰都を押しのけて入室した。

 「いっちゃダメ―!」種田は力を失った灰都を背後から押さえるとそっとナイフを回収した。鈴木は遅れて駆け込む。