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夢が逃げた?夢から逃げた?3-6

 鈴木は閉じた瞼をあけた。

「これでまたふりだしに戻りましたね」鈴木が椅子に腰を下ろす。「あれから部長も音沙汰なしですし、また雲隠れですよ」

「元の鞘に戻ったんだ。喜ぶべきじゃあないのか?」

「喜んでいいんでしょうか?不来回生を追っていたのだって結局、詳しい内容は聞けずじまいだったし、そもそもM車の事故車両に関する書き込みだってまだ明らかになっていません」鈴木は自分でも不思議なぐらい自然に肩を竦めた。ハリウッドスターの特権だと思っていたが、日本でも通用するかもしれない。 

「部長は不来回生の動向を追っていた。亡くなった現在は捜査の必要がないと捉えるべきでしょう。感情で動くような方には見えません」おまえが言うなよと、思わず口に出しそうになる鈴木は、種田に見られてドアに視線をそらす。

「そうそう、触井園京子の捜査は継続ですか?」

「中止だろうな、おそらく上層部も事件が起きないと知れば、無駄な捜査に費用を割いたりはしない」

「ですね」鈴木は背にもたれて後頭部に両手を当てて、天を仰ぐ。「体調がすぐれないなら大事を取って明日も休んでくださいって、相田さんに連絡してみましょうか?」

「少ない有給を消化するのならな」

「……やっぱりやめます」

 熊田たちは理知衣音の死亡報告を受けて、それぞれ自宅へと帰還した。搬送先に到着するまでに、理知衣音の心肺は停止した。遺体は解剖には回されていなかった。医療従事者の誰もが手首を切断したことによる出血多量と診断を下しただろう、それぐらいにわかりやす状態であったといえる。彼女の息子、灰都は病院の一室で一夜を明かした翌日、父方の祖父母に引き取られた。葬式やその他の処理のためにしばらくはホテルで共に生活をするらしい。その後は、祖父母の自宅、本州へ移り住むそうだ。

 またM車の不具合は報告されなくなった。新聞やマスコミの報道でもリコールの対処が迅速かつ丁寧に行われたと、激しく叩いたわりには手のひらを返した内容で、世間もすぐに芸能人のゴシップに躍起になっていた。さらに、触井園京子の死についても報道規制が結ばれてもいないのに、各マスコミは小さな記事を報道の事実を示すだけのために書いていた程度で、警察につきまとい情報を得ようとする記者やフリーのライターは出現しなかった。

 もちろん、それは警察にとっては願ってもない状況ではあったが、捜査にあたっていた熊田たちは腑に落ちなかった。捜査は打ち切られ、触井園の死因も表向きは継続捜査として、裏ではお蔵入りの事件に仲間入り。だから警察は信用がならないと、非難轟々、市民の怒りが聞こえてきそうであるが、一度自分たちの身に置き換えてみると、ああ当然の対処であったのだと納得する人が大多数だろう。日々の安全やパトロール、苦情や新たな事件への対処を怠って不可解な事件に力を集約すれば自ずと答えはみえてくる。遺族や残された関係者には残酷な対応ではあるが、これが現実なのだ。限られたリソースをどこに当てるか、もちろん結果が期待される見込めるポジションにであって、行き止まりに費用は割けないのだ。

 不来回生を死に至らしめた原因である事故車両の検分をもってしても何一つ、警察が思い描くビジョンの足がかりになるような証拠品は発見されず、さらに車両は単なる運転ミスによって引き起こされた事故であると判定された。運転手に持病や通院歴はなく、至って普通の人間であリ、職場や家族、友人への聞きこみでも運転手に関する異常性や不可解な行動、言動は認められなかった。これらを踏まえて上層部は事故と確定したのである。

 触井園京子の死亡状況の不自然さと凶器の発見は明確にならないままで事件は幕を閉じた。