コンテナガレージ

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焼きそばの日1-1

 雨雲の色を何かに例えていた。店長は店に辿りつく時間をたわいもない妄想で埋める。常日頃料理人は料理の試作品を脳内でつくり上げる、体現する時は既に形や味の微調整が大半、というのが店長の理想。

 しかし、現実は異なる表情を幾重にも幾度も見せ付けてくれる。だから料理を仕事に選んだ、とでもいえるのかも。

 五月の連休が明けた平日の朝はまだまだ桜がちらほらとまばらに蕾ができはじめた時期である。桜にのみ、これほど強烈な執着心をこの国の人物は体内に宿す。この花を、植物を、木を好まない、または心を打たれない人もいるだろうに。

 なぜこれほどまで開花の情報が扱われるのか。店長には不可解な密室トリックの解答提示よりも驚かない、揺るぎない自信があった。根拠などあるはずもない。どこ、誰、なに、どれをとっても必ず答えが導かれる。

 開店前、本日のランチに取りかかる。日替わりのランチ。昨日からのデータ収集は一区切り、今日はまったく別のメニューに切り換えるつもりだ。

 季節の変わり目。的確な利用が店に求められると、店長は肝に銘じた。高級な食材や凝縮された一品または、長時間をかけた味の構築などの特殊な工程はこの店とは無縁の長物であるのだ。

 店長はポピュラーな料理をそのままというのは選択肢にすら入れない徹底振り。作れないことはない、技量は十分に持ち合わせている。だが、それでは集客は望めない。多くの飲食店がひしめく都会。左右を見れば、一本道を入れば、選び放題。目的の資金に見合った店が見つかることだろう。

 その中で生き残るこの店は、あえてそういった競争からは身を引いた。逃げているともいえるだろう。ただ、店長にしてみれば、戦略の一つであり、これは実験と感じている。

「昨日は、やっぱり飲みすぎましたかね。頭がしこたまがんがんと鳴り響いてます」厨房の従業員、小川安佐が青ざめた顔で出勤、猫背、前かがみの体勢でドアを開く。

「僕と同じ時間に出勤しなくてもいいんだけどね」店長は開店時間の二時間前に店に入る。開店は十一時で現時刻はまだ午前九時前であった。

「決めたことです。私にだってランチを任せてもらえるように勉強しなくてはいけません」

「休息も必要だって言ってるけどね、僕は」店長は蛇口をひねって、寸胴を満たす、ガスに着火。

「大丈夫ですよ」小川は悲壮な顔で笑う。「見ててください、三十分もあれば、栄養ドリンクを飲んで復活して見せます。今日は焼きそばしばりの日ですからね、忙しくなるのは目に見えてますもん」

 よろめいて奥のロッカーに消える小川の言葉を店長は反芻して、首をひねる。焼きそばしばり、とは一体何を指しているのか。皆目検討がつかない。それに忙しくなるとも言っていた。なぜ彼女に今日の忙しさが予測できたのか、店長はサロンの紐を縛る弱弱しい両手の小川に訊いた。彼女はふらつきながら厨房の段差に躓かずに改めてこちらに頭を下げた、朝の挨拶らしい。

「焼きそばしばりってなに?」

「あれ、店長聞いてませんでしたか?」ぷはあ、小瓶を飲み干した小川は袖口で口元を拭うと、あっけらかんと大事を言ってのける。「今日は全国の飲食店や食品販売の店はすべて、焼きそばを使った食品しか売ってはいけない、そういう日ですよ」