「もうアイディアが浮かんだんですか?」
「うーんまあ、それと帰りにブーランルージュにも寄ってきて。あそこでパンをそうだな、100本を受け取ってきてよ。とりあえず店にあるだけを。不足分は注文、持てないようだったら、他に誰か取りに行かせる」
「つまりですよ」興奮して小川が跳ねる。「店長が焼きそばパンを作るっていうことですよね?」
「焼きそばパン一つでは空腹は満たされないから、パンにスープとサラダを添える」
「うああ。それはちょっと、かなり魅力的かもしれません。私なら、いや、絶対に買いますね、うん」
「何を盛り上がってんの?」小川の背後から館山が訊いた。小川は振り返り、腰に巻きつけたばかりのサロンを解いて館山に手渡す。「な、何?慌てて、おい、どこへ行くんだ、おてんば娘!」
「ちょっとそこまで、ランチの容器を買いに店長のお使いです」小川は入り口脇のレジ台にかがんで小口の財布を取り出す。「店長、カップの数量は?」
「余っても構わないから、パンと同数を頼もうか」
「わかりました。それではいってきまぁす」
「あっ、小川さん、まだ……、ああ」
「お店、まだ開いてませよね」館山が呆れて呟く。
「業務用の容器専門店は七時の開店だった、そっちへ先に寄ってもらいたい。わかっていると思うんだけど、先にブーランルージュに行くかもしれないな」ブーランルージュの開店は午前十時。
「昨日、注文していたんですか?」館山リルカはパンの注文に疑問を持った、彼女は急遽決定した焼きそばパンへのメニュー変更を知らない。
「いいや、今日の分はハンバーグのバンズ」
「今日の分?ハンバーグから変更ですか?」ハンバーガーへのメニュー変更を決めたのが、日付が変わる終電前の時刻。当然彼女たち従業員は知らせていなかった。
「何でも、焼きそばしばりの日なんだってね。館山さん知ってた?」店長は新聞やテレビの類をまったく見ない。
「焼きそば?ああ、そうか」館山が勘を働かせて、状況を把握した返答。「ですけど、世間が浮かれてるだけで、傾倒するまでの盛況ぶりには思えません」館山は冷静、彼女は小川よりもキャリアは数年長い。何度か彼女にはランチのメニューを任せたこともある。絶対の信頼には欠けるが、仕事を任せられない技量ではない。及第点というところだろうか。本質的に彼女は間違いを恐れる性質を秘めている、それゆえ所作が慎重になりすぎるきらいがある。
もっと大胆に、というアドバイスを店長は決して与えない。彼女自身がそれに気づくまで、それを必要と悟るまで。欠点を吟味する日々の振り返りによっては、多少指導めいた言動を伝えるかもしれない。ただ、あくまでも店長は見守る姿勢を維持。それは小川にもいえる。
店長はあからさまに肩を竦めた。
「お客が求めるなら、甘んじて受け入れるさ」