コンテナガレージ

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焼きそばの日2-3

 厨房は戦争。会計が先に済んでいるためにお客への提供時間が若干短縮された。ひっきりなしに店長は鍋を振るい、館山はその隣で麺を茹で上げる。

 途中、サラダが足りなくなる事態にも麺を茹で上げる時間を利用した作業分配の変更で時間のロスを生み出すことなく彼女はサラダの予備をつくり上げた。

 アーケード街のブーランルージュに注文していたパンはあちらの好意で店まで運んでくれることになった。容器を買いに行った小川はパンを持たずに帰ったので、店に用意された分、つまり店頭で通常の販売品を買い忘れたと思ったが、店の商品は開店前に並んだお客の当日予約で完売。改めてこれから作る予定を立てる最中に、焼きそば用のパンの発注が多く寄せられたため、緊急事態に速やかに応じられたようで、パンの製造を快諾、他の店への配達もかねて店にわざわざパンが運ばれた。

 パンは温める程度の焼き加減でピザ釜を活用。温度はピザを焼く適温の半分以下。出来上がりのパン、休めた状態のパンに再び熱を加えると味が落ちてしまう。だから、手に取った包み紙からほんのり暑さが伝わる程度に抑えた。

 二つ以上はビニール袋に入れる。カウンターは席を空けて、そこで並べたテイクアウト用の茶色い紙袋を一テーブルごとに手渡す。

 空いた席に案内、お客がひっきりなしに席に着く。何もせずということをお客はできないようだ、皆一様に端末に夢中。五人に一人、文庫本を読んでいる人物、その文庫と同じ大きさの端末を持つお客もいた。店内では喫煙が許されているが、それは相席を考慮に入れたシステムではない。他人と席を共にする場面は想定の範囲外である。今日は自動的に喫煙を禁止にしていた。

「店内で食べたい」そういった声が聞こえた、良く通る声。太くも低くも甲高くもない。まして舞台俳優のそれとも異なる一種独特な音声だった。厨房にいた面々の動きを止めたぐらいである。国見がお客と対話、そして厨房に戻る。

「店内で召し上がりたい、お客さんの要望です。受けるわけにはいかないと、お断りしたのですが、今すぐに食べたいのだといってききません」

 男性である。店長は作業を止めて、屈めた腰を伸ばす。こちらの様子を伺う小太りな男を視界に入れた。

「店を出てから食べたらいいよ。そう伝えて」そっけなく店長は言う。店の前での飲食は常識的には認められていない、簡易な食事スペースがあるのならまだしも、テイクアウトの行列によって周囲にはいくらか目に見えない迷惑を与えている、これ以上店の前の空間を独り占めするわけには行かないのだ。しかし、店外を出て、歩きながら食べるのは本人のモラルと周囲からの非難の視線に堪えうる活力を持ち合わせていれば、こちらは一切関知しないつもりの無言の主張である。

「お伝えしました」国見の声は出勤からさらにがさつきが増したようだ。ざらざらのサンドペーパーで喉をさすったような声だった。

「そうか。他のお客さんの目もある。あの人、一人を特別扱いするわけにはいかない。これは君の仕事だよ」ホール、接客の仕事に関して店長はその権限を国見に譲渡していた。

「私では判断できかねます」いつもの彼女ならば跳ね除ける困難であるのに、体調のせいだろうか……。

 仕方なく店長は手を洗って厨房の段差を降りた。左手奥、二人席に店長は足を向けた。男性の前に立つ。店長の細く短い髪がさらっと弦を弾く、操る、手さばきのように流れた。

「店内でテイクアウトの品を飲食したい、との要望ですが」

「出来たてを食べたい、どうにかなりませんか?マスクをした人に言っても埒が明かない。あなたが店長さん?」店長の若さと髪型で判断したのか、それともまた別の要素か。しかし、店長は取り合わずに話を先に進める。