コンテナガレージ

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焼きそばの日7-1

「その顔だとメニューは固まったみたいだね」彼女がドアを開けるなり、店長が口を開いた。めずらしく機嫌がいい。早朝はいつもむすっと固めた顔が当然のごとく、お決まりなのに。今日は私にあえて、いいや、館山はこれから再現する味の出来栄えに集中を高めた。

 ロッカーで着替える。灰色の内扉についた鏡で髪を後ろに結び、今日はそれをまとめたお団子を後頭部に貼り付けて、ピンで留めた。店では帽子を強要されないので、いつも髪は後ろに一つ結びで下ろしたままであった。見せつけるための挑発ではない。ただなんとなしにこのスタイルが私であると解釈しているだけのことで、他意はない。誰かの遺言とかなんてたいそうな由来があるものか、館山はロッカーに鍵をかけて、腰にサロンを巻いた。

「二品を用意しました。一品は手軽に食べられるもの、もう一つは猛暑で要求される冷たい料理です」

「良かった。館山さんが言い出さなかったら、これから考え出すはめになった」

「まだ、認めてもらっていません」

「そうだね」やはり、機嫌がいい。口数も多い。幸運に恵まれたのか、ありえない、店長は天命に一喜一憂する人物では決してない。これまで数ヶ月付き合った私が言える、断言できる。確実に言い切れる。反対意見にも真っ向から、それこそ対空で迎撃してあげるよ。ようし、気分が高まってきた。その調子だ、飲まれるな、ペースを維持するんだ。館山は鼓舞するように内部へ話しかけて、早速一品目に取り掛かった。

 手軽に食べられるメニューを念頭に、料理のコンセプト、発露はそこから。豪勢な食事でもお客は食べるんだろうけれど、高価格帯はフェスに不釣合い。かといって安っぽすぎてもいけない。食べたくなるような見た目と味、インパクトも多少は必要。だって、食べるのは初めて、うちの店を知らない人が大多数だ。いいや、全員だと思っても申し分ない。そこでだ。思いついたのは片手で食べられるメニュー。するとやはり、洋食がいち早く浮かんでしまうが、却下した。だってありきたりにか思えないもの。結局、原点回帰が堂々巡りの終着点ってわけ。お客はお米を欲するに決まっている。

 館山リルカは炊飯器をセット、持参した一人用の炊飯器で米を炊く。その間に、もう一品の調理に取り掛かる。冷たいメニューの方だ。暑さが予測されるが、フェスの会場の立地は工場地帯と港が周辺を固め、背の高い遮蔽物は少ない。

 天候不順ならば海風による低温が会場を襲う、と館山は予測した。ただし、時に真夏日を記録するかもしれないので、そのための対策を考案した彼女である。食材は減らすべきだろう。食中毒のリスクはあらかじめ避けておきたい。しかし、冷たい料理、パンと組み合わせる代用品。どうしようか?

 館山は考えた挙句、ある品に目をつける。あまりにも突飛というわけでもなく、デザートとパンという組み合わせは世間で見られるし食べられる、味の想像はつくように思えた。だが、パンはかなり口の水分を奪い取る。暑さ対策を後押しする商品として避けるべきは飲み物との競争。先に飲み物を飲まれると、お客はこちらを選ばないだろう。そこで、館山はパンを冷凍することで、衛生と水分の問題を解決に導くつもり。