コンテナガレージ

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焼きそばの日7-2

 館山はロッカーから銀の包みで光を反射するショルダーバッグタイプの保冷バッグを持ち、カチコチに凍った食パンを取り出した。店長はじっと彼女の手技を見守って、一言も口を出さない。ありがたいことだ、と彼女は思う。通常は、ここで疑問や嘲り、批判が待ち受けているが、店長は私の手技を見守っていてくれている。

 一口、食パンをかじる。耳を落とそうか、それとも残そうか、迷っていた。かじったのは落とした耳である。触感は上出来、固さと弾力は歯ごたえとして十分、許容の範囲内。店長が顔をこちらに寄せた。館山の動きが停止する、魔法にかけられたように。店長が耳を一つまみ、食べた。頷いて、離れる。館山は深呼吸、乱されるな、気持ちを保て。

 ボールに卵を割って攪拌、砂糖と牛乳をかき混ぜた。冷凍に近い状態の食パンを卵液に浸す。フライパンで一度、火を通す。油、オリーブオイル、バターと種類を分けた。ピザ釜が陣取る出窓付近、家庭用コンロを使って彼女は調理する。

 こんがり焼き目がついたら火から下ろす。そこにアイスを挟んで出来上がり、ではない。アイスは溶け易いので、手渡した直後は食べ進められるけれども、時間経過とともにアイスが溶けて垂れ始める。解決策に彼女は厚めに切った食パンの間に、あらかじめ切れ目を入れて袋状にしておく。そして焼き上げたパンのアイスを投入した。

 片手で食べられるメニューであり、暑さ対策も万全。また、軽食に最適、お腹に溜まるだろうし、アイスで体温も下がる。申し分はない。どうだ、館山は店長に出来上がりの料理の試食をお願いする。

「……悪くないね。おいしいよ。片手でも食べられそうだし、持ち運びにも適している」店長は一口で、味見をやめてしまった。館山はにじり寄る。自信作には違いない。

「合格……ですか?」

「うーん。半分は食べられるね。ただ、もう半分はアイスが溶けているように思う。水分を飛ばすために冷凍するのは理に適った発想だ」

「店長が引っ掛かった最大の改善箇所を正直に告げてください、言葉を濁してます」曖昧さは受け付けない、館山はきりっと表情を引き締めた。

「いいの?」店長が聞き返す。

「はい」

「そうだね。どこかで見たような形だ。それは悪くはない。すべては誰かの模倣だからね。だけれども、うちの店がフェスの会場に出店する意義という点において館山さんのメニューは一見のお客を取り込むには引きが足りない。単なるインパクトはいけない、心得てはいるね、その点は。目立ち過ぎてもだめ、しかし、目を引かなくてはならない。両極端のベクトルを一つにまとめるのは至難の業。考えの方向性は間違っていないよ」

「店長なら、どうしますか。新メニューを開発しますか。それともつくり上げた形の改良に費やしますか?」不採用を視野に、館山は残酷な店長の回答を促す。

「悪くはないんだよ」店長は残り半分のパンを口に押し込む。甘いものを確か好まなかったはずだ。「より、お客さんになりきって想像を働かせる。でも、なりきりすぎもいけない。あくまでも売る側の人間だから」