コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

焼きそばの日10-6

 会場入り口の柵に寄りかかって、小さなステージの演奏を聴いた。遅れて聞こえる音が体の動きとのずれを生じさせる距離。花火の違和感だ。店長は、タイムラグを嫌って次の散策場所を目指した。

 会場内を張りめぐらされた歪な導線は失敗作、来年の課題の一つに思える。人の流れを抑える効果を狙ってはいるが、見た目はよくない。

 店から南東に位置する二つのステージ、SEASEAとSUNNYのステージ会場へは行列が出来上がっている。出入りは高速道路の料金所のように渋滞していた。店長は遠回りで道を回避、何度でも出入りが可能な関係者専用のパスを提示、ぐるっと西に引き返し、南へ下り、東の駐車場との通用口に出て、オートキャンプ施設の近くから入り直した。

こちらはスムーズに通過、歩行速度はそのままで通り抜ける。会場は熱気に包まれていた。怒号や地響きを思わせる振動。音声への理解は異常なほど高度な処理であると店長は再認識した。

 紹介された人物がステージに登壇した。

 小柄な人物、女性。

 ギターを持っている。

 一人だけ。

 弾き語り。

 観客は静まり返る。

 自己紹介。

 声が澄み切って内面が反映。

 そのとき、ステージの側面に店長は案内された。川上の誘いである、気配にはまったく気がつかなかった。他のスタッフとアイラという歌手のステージを見に来たのだそうだ。彼は彼女の専属で食事のサポートもしているらしい。現場での動きは統括の人物、指揮を取る人物がトラブルの現場に駆けつける場面は稀だ。便利な意思疎通の機器を通じた対処の伝達で状況は改善される。直接のコンタクトが必要な時というのは、責任の所在が宙をさまよう、事後のこと。

「休憩ですかぁ!?」耳元で川上が叫ぶ。店長は軽く頷くだけ、意思疎通に不適当な空間。無駄な体力を使うのはごめんだ。

 ステージ袖。観客とステージを真横に観察。観客とステージ間の固定式カメラ三台が舞台上の人物を追う。映像化による収益を見込んでいるか、それとも放映だけの利益か。

 皆、壇上の女性を見つめ見上げている。

 崇拝しているみたいだ。

 女神。

 憧れという感覚を店長は持ち合わせていなかった。これまで偶像に陶酔したことはない。

 すべてこなしてきた。恵まれた才能では決してない。悲観的に能力のなさを遺伝にまで意味づける人がいるけれども、僕は提示された課題はこなしてきたつもり。これが癇に障るらしい、だから漏れないように能力は抑えて生きた。有り余るほどの体力は不必要と言い聞かせ、活力の半分を知識欲と処理能力にまわした。楽器もあらかた弾けていただろう、昔のこと。覚えてはいるが、いまさら楽器を彼女のように弾こうとは思わない。

 観客は憧れをなぜ自分に還元してあげないのだろう、とても不思議。あそこに立つべきことを願っているのではないのか?

 うん、そうか、なるほど、店長は一人で納得。顎を引いた。

 憧れ続ける、まるで夢の中の気分をああやって現実に転化して遊んでいるのか。現実が不満と言い表しているようなものだ。観客は見ているだけ。曲が終われば夢は儚く消える。ギターを弾き、曲を作る。この人たちは一生、歌う場の獲得には乗り出さないのだろうな。

 カメラのコードをさばく人物がしゃがんでは、カメラマンの動きにあわせて左右に忙しく体勢をを変えていた。彼はたぶんカメラを担ぎたいのだ、だからコードを裁く。

 店長には観客とは違っている人物だけがキラキラと輝いて見えた。