コンテナガレージ

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ガレットの日1-1

 今回のイベントの勧誘に若干のあざとさ、思索的な意識が垣間見えた。island nation in the far eastの出店から約二週間が経過した。従業員の体力平常どおりに戻った六月最終の月曜日である。

 焼きそばパンはあるか、焼きそばパンは売ってないの?焼きそばパンはもう売り出さないのか。

 お客の声が二週間絶え間なく続く。ランチ時の会計は列ができるほど混雑であっても帰り際にそれとなく、あるいは大胆に焼きそばパンの売り出しを求める声が続いた。

 ディナー前の仕込みと従業員の休憩時間時。店長はハンバーグのタネをこねて、明日の仕込みをこの時間帯に進めている。

 小川安佐は休憩を終えて戻った厨房で店長の手に包まれる穏やかそうに眠るひき肉と入れ替わりたい衝動に駆られた。しかし、目を覚ませと言い聞かせる。そして、店長に明日のランチの変更を願い出た。彼女はカフェで聞いた噂を耳にしたのである。

「店長、明日って何の日だか知ってますか?」店長の手が止まり、こちらを突き刺すような瞳を差し向けられた。たまに店長の目は透き通った、光が差し込むとそれを夜店で貰った跳ねるゴムボールの中心みたいに輝きを放つ。

「さあ、誰かの誕生日だと思うよ、日本中の誰かのね」

「明日はガレットの日ですよ、知らないんですか」

「僕が知らなそうだから、小川さんは教えた。違う?」射抜くような目つき。みていられない。小川は作業を手伝ってごまかす。

「どうして、そう偏屈なんですかね。ほら、焼きそばパンの日みたいに盛大にフランス料理店が一斉に各店お手製のガレットを振る舞うんですって。本屋のカフェで小耳に挟んだんです」四丁目の交差点から一本東側の通りに面する大型書店の二階、まさに本を読むためだけのチープで急ごしらえのカフェは小川が選ぶ休憩場所の候補地の一つだ。

「小川さん、本読むんだ」

「私だって小説の一冊や二冊は、なんてことありません。短い通勤時間に読んでますからね、へへ」自慢できることでもないが、宣言は彼女にとっては重要な意味を持つ。店長は二人だけの場面で口数が多くなり、大勢だと途端に口をつぐんでしまう。照れているのだ、だから私が先導して、引っ張って、導いてあげないと、小川は常に店長の意識は自分に働きかけて訴える。思い込んでいるだけだろうか、不安もよぎったのは一度や二度ではないにしろ、自分の前では素直な店長との解釈を無理やりどうにか強引に理想を形成して、整形か、とにかく店長の態度を小川なりに解釈していたのであった。本心とは得てして、表面に出にくく、言葉にしにくい。つまり、無言は私に好意を抱いている、そういった認識なのである。誤っている、間違っている、とは言い切れはしない。反証する証拠なり、事実なり、本人の証言なりを突き出せるのかって、言い返すのだから。