コンテナガレージ

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ガレットの日2-1

「フランス料理促進普及協会の田所と申します」男爵という形容が適切。突然姿を見せ、自己紹介する人物は得てして可能な限り面倒で自己主張が強い、と店長は思っている。まずもって、意見を持たざる人物が名乗ることは決してない、押し通したい意見があるからこその自己紹介。儀礼に則る礼儀を忠実に守ったのではないことは確かにいえるだろう、彼は登場人物がより早く速やかに退出してくれる方法を計算する。

「同じく当協会の副会長、真柴です」女性の年齢は三十代近辺を行ったりきたりか、それにしてはファッションがやや若すぎる。あくまでも店長の感想。年代に応じた服装とは作り手、売り手の差別化による産物である。年代ごとに定常化された服装、普段着からフォーマルそれから各種宗教儀礼に至るまで、過去に遡れば、服装は人物のそのもの、役職や職業、社会における位置を示した。そこに階層の不自由さと着続けるうちに染み付いた体の一部としての服を越えた役割があった。現代では日常における階層の区別よりも職業別の住み分けも曖昧だろうか。スーツを着ているからといって会社員ということでもないのだ。反対に普段着でも社会に属する場合もありうる。当事者次第なので、指摘はあえてしないが、十代に似合う洋服と三十代に似合う洋服は異なる認識は確かめてみたい。わかっていながら着ているのか、それともまったくの無知か、彼女はどちらだろう。 

 その真柴ルイはホールを嘲るように眺めていた。田所という人物はホールではなく、厨房、それも店長の目を見て自己紹介の続き、口を開く。私がオーナーであると知っている証拠。

「当協会は名前の通り、フランス料理の普及に努め、日夜、その発展を願う所存であります。当然のようにフランスの国旗を店頭に飾る場合は、私どもの許可が必要となります」

「あの旗って、好き勝手に立ててるものだと思った……」小川は素直に感想をこぼした。

「毎月きっかり三百円を徴収してます」田所は白い顔に微笑を携えた。

「ええっつ。お金取ってるの?」

「ん?不満なようね。けれど、認められている。だから、お客はその旗を目当てに店を訪れて、おいしい料理を堪能できる。理に適っているじゃないの」真柴ルイは天井のシャンデリアに見切りをつける。厨房に残す体に連動して首の向きが戻る。

「私、知りませんでした」

「あらそう。あなたにはうん、まだ早いわね」

「一言多いよ」小川はぶしつけな言葉につぶやく。

 店長は小声で嗜めた。「聞こえるよ」

「聞こえてますよ」つりあがる眉、真柴ルイは襲い掛かる気迫を吐き出す寸前でとめた。「まあ、いいでしょう。今日は機嫌がいいの。用向きを伝えるから、鼓膜を震わせて聞き取りなさいよ」

「宝塚みたい」おそらく小川は舞台の観賞経験はないはずだ。断定したがもちろん店長の憶測である。