コンテナガレージ

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ガレットの日3-5

「あなたを引き抜きたい。この店ごとの移転を私どもは希望する」通路の男性はホールに移動して、後ろ手にテーブルの間をゆっくり歩き回る。声は遠ざかり、また近づく。店内のBGMは切っているため、男性の声はかろうじて壁の付近でも音声は聞き取れた。釜の内部音は打ち消されている。店長がフライパンで焼く卵は少量の油で焼き目をつけた後、閉じた釜のなかでしばらくの放置。

「だいぶ当初の自己紹介とかけ離れた、取引ですよね。だったら、私はお断りします。今日であなた方が提示した、強制的で不条理な用件はこなした。これ以上を望むのであれば、しかるべき措置をとるつもりです」

「弁護士ですか。あなたには似合いませんよ」

「関わりたくないのは、あなたといい勝負。引けを取りません、ご安心を」

「こんな偏屈な奴を雇う必要がある?」男性は天井、ホール中央にぶら下がるシャンデイリアに向かって問いかけた、いいや投げかけたようだった。館山は最後の生地をバットに流し込み、タイマーをセット、長い火バサミで火力を調節した。

男性は不審な行動を続ける。声をかけている、まるでそこに天井に、空間に、微粒子に、宇宙に人が存在して問いかけているかのように。数百年前の過去に戻り、端末を使ったら、それこそおかしな人物に思われただろう。もしかすれば、最新の通信機器かもしれない。

 館山も最近は流行や最先端の商品に疎くなっていた。たぶん、店長と関わり始めてからだ。しかし、知識の欠落によって世間を見られたことは大いに感謝している。だって、世界に流されている時はずっとその流れを自分の居場所を保つためにホバリングみたいに位置を居場所を維持しなくてはいけない。かなりの労力だ。また、流れは流されたものにしかわからないが、ずっとつがなり、一周して戻っても来られる。そこに気がついてからは、世間で起きる事情の根本に共通項を見出して、処理するように彼女は変わった。気が楽に、気分の落ち込みがふっとび、ブランコで目一杯漕いで空を目指した頃に戻ったのだった。それからは、日々が料理と店長のこと。これだけで生きて生きいけた。これからもだし、これまでもだ。変わった私は処理されないデータの写真と近しい人からのメールについて、保存の価値を失った。

 思い出に浸って、つかの間、店長の呼びかけとキッチンタイマーのアラームが現実が引っ張り出す。トリップ。本当に小旅行だった。

 館山はバットの位置を反転、まだ居座る無声映画の主人公の男を盗み見る。何も無い視線の先はおそらく天井だろうと推察、店ではなくて、この建物が欲しいんだろうと悟れた。人はよく相手のことはわからないというけれど、相手のことほどわかり易いものはないのでは、これまでの概念を覆す考えを館山は紡ぎだした。

 外では続々とお客、列が膨れ上がる。そういえば、この通りにもフランス料理店が一軒あったことを思い出した。口惜しいのかもしれない。しかし、競争社会。相手の蹴落とすことより、お客を奪うよりも、大切で切実で根本的なサービスの提供はまったく別の引き出しに仕舞ってあるというのに。私と同じコックコート姿の男性が列に並んでいた。偵察だろうか。大胆。それぐらいがちょうどいい、しかし、会計の国見は詮索しないだろう、小川は顔に出してしまうかも。

 今日は頭で話すことが多い。どうしたのか、どうもしない、普段から押し込めていた考えを音声に変えているだけのこと、わかっていたし、知っていた、見ていたのだ。後はそれを引き出すこと。また考えが飛んでる。現実に戻ろう。

 アラームが囁くように呼んだ。