コンテナガレージ

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ガレットの日4-2

 田所のあれはハッタリだったのか、無駄足を踏んだように思えた今日の遠出、ただ、口からでまかせを言ってしまった、そういった雰囲気とは思えない。怒りに任せた表現も、本心がポロリと口をついた、ということが第一の印象で、可能性としてわざと私を東京へ誘う罠も予測に挙げた。 

 ただ、模倣と言ってしまうと、それまでだが、店自体はコーヒーがメイン。こちらとはスタンスに明らかな開きを感じた。

 乗務員にコーヒーを求めたが、断られた。格安航空便であるため、コーヒーを飲むには料金がかかるらしいのだ。店長はお金を支払ってコーヒーを要求した。運ばれた液体は期待通り、きつい酸味が前面に味を牛耳っていた。かなりに詰まった味である。これならば、着陸まで我慢して缶コーヒーを飲むべきだった。失敗、しかし、教訓ではあるか。

 ポジティブに捉えているのではない、経験を積んだというだけのこと。次回は頼まない。紫色の機体に乗ったのは、いつもとは異なる航空会社の利用を咄嗟に空港到着にて思いついた。一人の行動を特権的に利用したまでのこと。予定調和を嫌って、意外性を選んだ。いつ何が起こるのか、やはり選択を変えてみなくては新事実、まずいコーヒーの期待するわけにはいかないのだから。

 機内で久しぶりに映画を観た。レーサーのドキュメントである。鬼才、奇人、異次元の走り、孤高、そして孤独。そのレーサーに生前、取材を重ねたインタビュアーが語る言葉が印象的だった。

「彼は孤独だった。それと同時にとても魅力的だった。母国語ではない英語を話す彼の言葉はどのレーサーよりも不思議と心に残った。稚拙とも異なる彼独特の感性が流れ込んでくるような錯覚をいつも覚えていたよ、彼は熱く語り、予定時間をオーバーしたインタビューもたびたびだった。時間はあっという間に過ぎた。しかし、今のように録音機器が充実していたわけじゃないから、後半はできるだけメモを取った。でも、手帳に書き残した言葉のフレーズ、単語の断片を掠め取る、それだけで映像が蘇ってくるんだよ。饒舌じゃない、気取った表現も少ない、二人っきりの時以外の彼は無口でナイーブで、子どもで強気で、でも内に秘めていて、果敢で、妥協を許さず、誰かのために戦っていた。今のドライバーに真似はできないね。チームが求めないだろうし、それこそはちきれそうな風船みたいに気が気じゃなかっただろう、彼のスタッフは。繋ぎとめていたのかもしれないね、ギリギリ、瀬戸際の命のやり取りのなかで、そこに居場所を見出していたと振り返って思うよ。自分のいないところであれこれといわれるのは、たぶん気に入らないだろうね、彼は。ただ、もしも隣に座っていたとしても、彼は聞いていないかもしれない。いつもレースが一番だった。今日は金曜だろう。もう頭はそのことで一杯だからね。ありがとう、やっと私も訊かれる側の気持ちがわかったよ。手遅れだけど心得ておくよ、あっちに行ったら、彼にまた聞き残した最後のレースについて、話を聞こうと思う。もう二十年も前だ。大丈夫。笑って話してくれるよ。また、会ったな。そういって肩を叩いてくれるさ……。有意義な時間だった」

 店長は冷め切ったコーヒーを喉に流して。目を閉じた。

 より早く、誰よりも先にノーズを突き出す、霧の中でも雨でもそれは不変。マシンは手足を越えて意志を介在する。

 不調。不具合。不安定。不条理。不問。

 精査。調整。安定。好機。遮断。

 息を吐き出す、呼吸を再開させた。尋常ではない世界。人を惹きつけたのはマシンに愛されたのは、すべてを一つと捉えていたんだ。そう、僕もかつて執り行った現像の世界。だから、気をもんだ、気を使った、己を殺した、受け入れ、騙され、少し信じてもらえて、また裏切り。気迫ではなかったと思う。人が掠めた記憶の中に自分がいたことが思い出されて、彼は証明されたのだ。色あせない彼に見出した対面者たちを。