コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

ガレットの日7-3

「店長、無理ですって、料理を運んで食器をさげていたら、お客さんから呼ばれたらテーブルに注文を聞きにいけませんって」

「できるだけ一人で対応できるように担当を変更する。館山さんと君の持ち場を代える」

「私がピザを焼くんですか?」

「できない?」

「いえ、できなくはないですけど……。リルカさんに代わったところでホールの忙しさに対処しきれませんって、二人でないと、二人だって手が回らない時があるんです」

 小川の悲痛な叫びを聞き入れず、店長は淡々と提案の詳細を説明する。「釜から離れられないのは、焼き加減が難しいため。ただし、焼きはじめの数分は小川さんでも見られるし、僅かな時間であってもレジの会計ぐらいなら時間を割ける。僕も手が離せないわけじゃない、優先すべきはなにより、ピザの焼きあがりだ。この時間を有効利用できれば、対処は容易い。お客へは短い提供時間によって大勢が座るテーブルにピザが運ばれる。多少、他の食事提供に遅れが出ても、クレームにはならない。ピザを釜に入れた直後と全体の焼きに取り掛かるこの時に、二つのタイマーをセットする。呼び鈴を僕が鳴らしたら、生地回転の合図だ。僕の手が空いてる時は鳴らさない。また、二人がホールに出ている時にだけ呼び鈴を鳴らす、二回鳴らせば取り出し、焼き加減確認の合図だ。僕が取り出せる場合は呼び鈴は鳴らさない」

 店長は釜に張り付く館山を手招き、呼び寄せて彼女にも事情を説明した。

「……はい、了解です。ただ、私、レジを触ったことがありません」

「難しくはないよね、小川さん」店長は応対のシミュレートに余年がない小川に同意を求める。

「何か、言いました?」

 ホールで注文の呼び声。応えをもらう前に小川が機敏に反応して、厨房を出て行った。館山は不穏な顔つきを浮かべる、いつもの彼女には見られない、弱気な一面。

「料金を受け取る電卓と思えばいい、数字を打ち込んで最後に会計のボタン。料金を受け取り、おつりを手渡す。レシートも忘れずに。極力レジの担当は小川さんに任せる、君はどうしても手が空かない時に助けてくれればいい」

 タイマーが警告。ピザ釜に駆け寄る館山。ピザを取り出し、皿に移してホールに運んだ。決意の横顔が見て取れた。

 ここからは会話が途切れる。

 雨に揺られて窓には数え切れない水滴が斜めに模様を刻むように張り付いて芸術性を競う。雨脚の強さに比例したお客の入りは通常の雨天時の来客人数を上回る。

 外には入店を待つお客が二組並んでいた。

 午後六時、買い物に出かけたきり連絡は途絶えていた国見蘭はまだ店に戻っていなかった。店員たちの脳裏にはどこで油を売っているのかという心配より、生存や生命の危険に対する安否の不安に傾き始めた。しかし、店長は要らない心配をことごとく抹消、消し去り、取り組むべき仕事、ここではお客へ提供する料理にのみ専念する、ある種非情と思える態度をかたくなに貫く。仮に国見が何らかの事故や事件に巻き込まれたとしても、ここでは彼女に手を差し伸べることはできないのだ。店を離れるわけにはいかない。かろうじて店は営業可能な人員を確保しているのだから、店を開けている以上、少なくとも入店を受け入れ、すべてのお客が帰るまでは食事の提供と金銭の等価交換は行うべきだ。これが店を構えている者の定め。こちらの事情はお客には無関係だと、店長は常々思っていた。