コンテナガレージ

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ガレットの日8-1

「蘭さん、どこでこんな時間まで油売ってたんですか、もうてんやわんやですよ」レジのお客を送り出した小川安佐はものすごい剣幕で、いつもとは正反対の立場。

国見蘭は抑えた音量で言う。彼女の髪の毛は濡れていた。

「ごめん、ついうとうとね、喫茶店で」眉を寄せて申し訳ないと、正直に国見が謝る。

「お願いしますよ、まったく、たいへんだったんですからねぇ」

 国見はそのままレジとホールを兼務、館山リルカが厨房に引き返して、通常の形態に戻った。それから三十分ほど注文と先客に追われる時間が続き、午後九時を跨いだところで急激にお客の入りが減少、店内のお客も九時半には店を出て行った。少々早めの店じまい、九時四十五分に看板をしまった。

 片づけの際に、小川は必要に国見の行き先を詮索した。とにかく、彼女は国見の嘘に腹を立てているのだ。端から見た店長の観測である。小川の性質上、曲がった態度を何よりも嫌う。それは彼女が直線と直角で出来ている証拠。ただし、そのまっすぐさの範囲は狭く、ベクトルの本数は少ない、また一定の方角をいつも示しているわけではなく、その日の気分によって変更、恣意性が高く、多様性の彼女の意見に同意しかねるが、今回に関しての発言は館山リルカと店長ともに彼女の意見に賛成であった。ただ、直接的な訊き方であっても店長は小川のように、面と向かいまたは聞くべき時を省みない、不満をぶるける姿勢を垣間見せることはないだろう。指摘とはいえない、店長はそう捉えている。

 洗い終わった食器の水分をふき取る国見は、多くを語ろうとはしない。言葉にするのは、寝ていた、うっかりしていた、そういった曖昧で確認が取れない説明であった。

 厨房の片付けはホールよりも先に終わる、厨房の二人がホールの後片付けも手伝おうと、手を差し伸べたが、国見はタイムカードを切って一人で今日の穴埋めを主張する。二人も疲れていたし、いつになく国見がテリトリーを主張するような守りの態度だったので、無理やり意志を押し通すことを諦め、引き下がり、先に店を出た。

 店長は、いつものようにまだ店に残る。国見が事情を打ち明ける、その場所の提供ではまったくない。店長は明日のランチで使用する弁当の容器を国見が買って戻らなかったことを受け止め、メニューの変更を考えていたのだ。

 BGMは切らずに流れている、いつもならば国見が止めているはずだった、しかし、あえて指摘することでもない、音楽は振動であり、空気が震えて伝播する。たしか、一秒間に三百四十メートルほど進む。だから、レジの国見と厨房とでは互いの声にタイムラグは生じない。口の動きと音が合わさるのだ。花火の音は光に送れてやってくる、光が一秒間に三十万キロメートル進むため、光が早く届き、音が送れて到達する。音の定義を思い返すと声も音楽も足音も何もかもが大まかにくくれる。

 定義に許可を与える、店長はそうして周囲との隔絶を体現してきた。自分は、外部とは既に内部であることを認識していた。だからこそとあえて手を差し伸べて、不快に陥れる外部の音声という音の意味づけから離れることができたのだ。それに、営業中は他の音がかき消してもいたが、音楽が耳に流れ込んだことは一度もない。聞こえるのはランチが終わった、差し迫った次の予定を持たないときである。

「店長、よろしいですか?」国見がかしこまった口調で尋ねた。店長は、サロンをつけたまま、厨房を降りて通路に出る。椅子に座って取り出したタバコをくわえた。携帯用の灰皿も。レジから一歩出た彼女を見上げて、店長は頷く。