「はい。さらに彼女は日焼けを危惧していた。私は音楽については一言も触れていなかった。彼女は知っています。何か情報を握っているでしょうね」
「引き返す?」
「流れに乗ってみましょう」
「泳がされるってこと?」
「この時間、不動産屋はまだ開いていないでしょうけど、訪れる。そして引き返し彼女の家をもう一度訪問します」
「ちょっと、ちょっと」鈴木は片手を種田へ向けた。「監視されんの?僕たち」
「ええ、その可能性はあります。何しろ、先ほどから一台のセダンが張り付いてます。国道、H町のトンネルを通過してからですね、あの辺りの休憩所で待機していたのでしょう」
「そんな前から気づいていたのか、だったこっそり教えてくれもいいじゃないか」しかし、はっと、吐き出した息の貴重さを思い知り、息を吸い込んだみたいに、鈴木はそこで口ごもった。ある可能性に辿りつたからである。
鈴木は赤信号で止まり、視線を種田に、そして顎をそっと二回引いた。
種田は一回、引く。
演技の範囲を超えた鈴木が大げさに言い放った。「タバコ吸うけど、いいね。決めたから、これは僕の車だ」
「吸うな、とは一言も言っていませんが」
「だって、いつも嫌うだろう?」
「体内の基本的な要求ではなく、喫煙者がせっせと禁断症状を生み出すために吸っているようなものですから。生理現象ならば、仕方なく受け入れますが、抗えない匂いに数時間さらされるのは非常に不愉快です」
「わかった、わかりました。だったら、車を降りて吸うから。それだったら文句はないだろう?」
「威張られても困りますね。非喫煙者ならば、それは常識ですから」
「いちいち、気に障るように言うんだな」
「青ですよ」
「言われなくても目は二つありますよ」
車がゆっくりと対向車の通過を待って右折、前のトラックに続いて、進行方向を変えた。突き当たりの一本手前、大型のマンションと商業施設、スーパーの間を左に曲がる。
二人は、色あせた看板のさくら不動産を視界に入れた。