コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

今日は何の日?7-2

 電車を利用したなら、駅を出て階段を下りた先、北口の駐輪場にバイクを停めるだろう。南口に停める理由を見出せない。となると、既にバイクに乗って柏木未来は移動を開始している。逃走が発覚するまで五分から十分と考え、現時刻を足し合わせると、約三十分。時速六十キロで約三十キロ先へ移動していることになる。

 しかしだ、柏木の逃走はまったくもって不明確だ。事務所として使用する建物は彼女が買ったのである、詮索されても特に違法性は感じないと思われる。土地の複雑な権利関係を知らされていなかった、その一言でこちらは納得しただろう。そもそも建築物は土地にあらかじめ建っていたのであるし、賃貸料の分配も契約ではない、取り決めであった。それらの事実を知らないのであるならば、自らの潔白、権利の正当な主張をするべきだろう。なぜ、彼女は反論に行動を傾けなかったのか……。種田は、頬に手を当てる、足を組んで銅像となり、駅に吸い込まれる近隣住人の視線からいとも容易く逃れた。

 風が吹いた、そして巻く。彼女の背後でパタパタとはためく音が聞こえた。茶色く細長い街灯の支柱が人工的に区画された通路よりも一段高い草むらに立ち、一メートルほどの高さにかろうじて張り付いた紙がはためくように風に遊ばれる。種田の視力は両目ともに一・五である、街灯までの距離は二メートル弱。風が視認を拒んでいるようだが、彼女は黒で印字された、フランスという文字を視認する。

 クローズアップされるのはいつもフランス料理推進普及協会である。

 もしかすると……そういうこと。種田は傍目はわからないほど微妙に口元を緩めた、……これが狙いか。

 顔を上げるとタイミングよく、鈴木の車がロータリーに到着した。種田が急に立ち上がったので、ベンチの前を通過する女性がぎょっと体を外に除けた。立ち上がらないという認識で漫然と歩いていたことを棚に上げている、種田は助手席に乗り込んだ。ベルトを締めて、しかし自らの思考は手詰まりを訴えていたのを思い知らされる。行動を掻き立てる要素がたどり着いた背景を追う手がかりまでを提示してはくれなかった。

「部長から連絡が入った」鈴木はタバコを吸っている。どうやら、車を回す間の短い時間に喫煙を済ませる予定だったらしい、種田の前で喫煙は厳禁だった。しかし、彼女は単にその行為自体を否定しているのでなく、狭い車内において同乗者の許可も取らずにタバコを吸う、煙を吐く、匂いを撒き散らす、それらの説明不足を嘆いている、あるいは強靭な相手が立ち上がれないほど強力な視線で射抜く権利を持ちえていると主張したいのだ。ただ、これは鈴木の車である、そのために種田は何も言わない。しかも、彼女が不在の時に火をつけたのだから、鈴木も配慮をしているということ。人付き合いの無駄さ加減を思い知る。