「えほっ、えっほっ、えほっ」
「気がつきましたね」病院のベッドで館山リルカは目を覚ました。視覚がぼやけている、コンタクトを片方落としたらしい、たしか鞄に予備のコンタクトが入っている。それよりも、ここで私は何を?
「もう心配したんですから、私がブーランルージュに新作のパンを買いに行ってなかったらリルカさんと出会ってませんからね、感謝してほしいですよ。ああ、あのコンビニのシュークリームで手を打ちましょう、外側がかりっと、そしてクリームがとろけるやつです。聞いてますか、眠っちゃダメですよ、これ以上寝たら夜眠れませんから」館山は中学生のように快活な小川の表情を下から眺めた。片目を閉じて、狙いをつけるようにピントが合う片目で彼女を見つめた。顎の下にほくろがある、変なところに気がつくものだと、館山は妙に視点を変えた見方に感心した。
「何時?」治療室。一人部屋ではなく、緊急的に用意された、病室とは言いがたいせわしなく人が出入りする空間であった。首が動かない、おそらく衝撃のせいだ。思い出した、館山はタクシーに乗り込んだ映像を引き出す。
「午後五時です。だけど、一日経ってますからね、先輩が店を出てから」
「そんなに寝てたんだ」
「意識が戻らないのは事故の影響じゃないって、私が先輩の一週間のあらましを先生に説明したら、眠るのも無理はないって、傷の回復には生体機能をほら、端末みたいに省電力で維持するように眠っている状態が機能回復には最適なんだって。疲れがたまってますよ、それはだって、先輩、家でも料理作っていたんでしょう?」
「……あんたに何も、包み隠さず話した記憶はないけれど」館山は小川の知り尽くしたような言い方が気にかかった。しかし、怒る気力はない。甘んじて受け止めるだけの体だ、首以外は額にぐるぐると包帯が巻かれている。左手は固い。手首から手の甲にかけて、ギプスがはめられていた。太陽に手をかざす角度まで腕を上げた、腕は正常機能しているか、何てことだあ、彼女は息を漏らす。ため息ではない、空気の入れ替え、呼吸、体内の換気だ。
「仕事は休んでもらうしかないようです。ディナーも今日は中止だそうです」小川はいった。
小説の1話目は、こちら。