コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

今日は何の日?8-5

「知ってますか?」館山は呟いた。「私がいえなかったことを店長が言ったんです、いってしまった。もう二度と私はそれをいえないように。ずるいですよ。いや、ちがうな、私は言わなかった、ずっとごまかしていたと思う。疲れましたね、私、安静にするように言われたので今日のところは帰りますね。タクシー代高くつくけど、たまの贅沢だと思いこみます。独り言が多いと、安佐みたいな喋りになって。変ですね、声も嗄れてるからかな」

 館山は立ち上がって、紙袋を手に、店を出た。川沿いの通りまで小川が付き添う、タクシーを捕まえたのは館山の手ではなかった。手を左右に振る余裕は彼女には残されていない、体力、そして気力も。

 住所を告げて、部屋までの大よその料金を運転手に尋ねた、病院で調べた残金で足りるか心配だったからだ。

 恐怖かもしれない、涙が噴出してきた。迷惑をかけないように、痛みを感じてみせた、運転手への見え透いたパフォーマンス。これ以上の同情は私を惨めにさせるばかりだ。だったら降りて一人で公園で噴水にまぎれて水を浴びて、瞳を伝う水分を一般化すればいいのに。

 どんな顔で、どんな風に、私は、私を演じるつもりで、店長に怪我を利用して言ってのけたんだろうか。

 反動がきっかけだった、通常を離脱したいつもとはまったく違う、情動の私を、抑えの効かない、まるでアルコールを含んだような私。

 消え去りたい。本心ではない。記憶を消したいのだ。今日は眠れないだろう、それに空腹も感じない。

 川の流れが終わってしまう。車は道を逸れる。川はいつも、いつまでもそこに流れているんだろうな。

 目を閉じる。意識もこれまでも昨日も直前の立ち振る舞いも流してやれ。

 流れ流れて、涙の粒が浄化と昇華。乱舞に乱打、断腸に段々、もくもくと辟易。するすると解消。

 どくどく、とんとん。はらはら、どきどき、どきまぎ、ときんときん、ゆるゆる、はらはら、しくしく、めそめそ、どこどこ、とたんとたん、きゅるきゅる、ばたん。がちゃちゃちゃ、ういん。

 浅はかな行動の反省は処理しきった、今度は、明日からの私に費やす。

 誰のために生きているのだろう、目的が摩り替わっていた。シフト。

 めずらしくギヤシフトの車だった。加速のもたつきが心地よいリズム。

 あのタクシー、運転手を気にかけたと思う。しかし、思い出せない。

 助手席の窓からの景色を見るのに疲れて、館山は目を瞑った。運転手が行き先を心配するだろう、予測で予定だ。絶対ではない。近くなれば声をかけるはずだ。

「運転手さん、少し眠るので近くなったら遠慮なく声をかけてください」

「めずらしいですね」

「何がですか?」彼女の首周りと頭と左手首の白い物体のことだろうか。

「ドライバーに断りを入れる人はまずいませんよ、送るのが仕事だと思ってぞんざいに扱いますから」

「私は私の要求を通したかった、それだけです」

「はい、それが今の人たちは欠落している」

 店長の言い分がわかった気がした。忘れないよう館山は飲み込み、開いて、探った。

日差しがまぶしい、瞼に西日が赤く暗闇を染めた。ほんのりと温度も窓が集めた光で増幅されているみたいだ。

 眠らない、忘れるものか。