「こちらに女性が訪ねてきませんでしたか?」田所誠二は店に入るなり、添削済みの質問を投げかける、ずるがしこい表情で従業員たちの顔を一人一人詮索するように覗いた。顔は店長のところで止まる。最後に正当な回答を期待したからだ、と店長は思う。つまり、正当に答えを言ってのける人物のめぼしはついていた、ということだろう。
「女性ならそこに二人います。今日の朝、出勤という訪問をね」
「冗談は不得意のようですね、店長さん」田所誠二の口調は以前のかしこまった、もう一人の真柴ルイの影に徹する執事役とは別人に思える。
「冗談ではないから、不得意に含まれない。そう、私は解釈します。間違ったことは何一つ言っていない」
「まあ、いいでしょう。あなたを言い負かすことが私の目的ではありませんので。お二人と、あなたにお聞きしますが、柏木未来という方をご存知であれば、頷くだけで結構です、どうですかね、知っていますか?」こいつは店に柏木が来たことを知っていて、その事実を確かなものにするために私たちの僅かな行動を見抜こうとしている。しかし、窓から店内を覗いていたのは、柏木未来が立ち去った後と考えられる。確認を取る意味は他に見出せない。今すぐに追跡を始めるだろうし、追いかけないのは行き先を知らない、あるいはやはり見失ったという状況にたどり着く。
「知りませんね。そういった方には会ったことはないと思いますよ」店長は田所の視線が二人の従業員に向いたタイミングで応えた。意識を自分に向ける、注目させる、的の役割。
小川は特に表情に出やすい性格、彼女はかろうじて外を見つめることで意識をそらしていた。
「おかしいですね、こちらに入っていくのを見たという証言を私は耳にしたのですけれど、間違いだったのでしょうかね」
「そうなりますね」
「おうっと、はっきりといってくれる」田所ははしゃいだ。「あなたが嘘をつく人物だとは予想外でした。今後の参考にさせてもらいます」
「先ほどから、自分のことばかりを話している。あなたにはその黒板とドアにかかった文字が見えなかったのですか?文字は読めると思いますからね」店長は油汚れを落としたボールを速やか、その水分をふき取る。
「明かりがついていたもので。まだディナー前でしたか」彼は腕時計を見つめる。「おかしいですね、もう六時を過ぎている」
「今日からしばらくディナーを休みます」
「ほう、それは残念だ。あなたの作るフランス料理を私はぜひ食べてみたいと思っていたのに。とてもバットなニュースですね」