葉が数枚流れてきた。タバコを灰皿に捨てる。店長は立ち上がり、浴衣姿の女性の通過を待って柵に手をかける。
「店長」背後から呼ばれた。呼ばれる、という表現はもしかすると姿の見えない相手に対してのことかもしれない。呼ぶ、という表現ではかなり近い距離を思わせる。ふと浮かんだ考え。呼びかけたのは館山である。
店長は階段を上った。「今戻るところだった」
店に向い二人は歩調を合わせる。館山が口ごもっているようだったので、店長が気を利かせた、自分でもわかる機嫌の良さである。「休憩?」
「私、店長にはっきりと言わなくてはいけないことがあります」
「なに?」
「……お付き合いとか、そういったことは求めていません。ただ、好きです」館山の歩調が遅れる、そしてまた同調。「すいません、迷惑ですね」
「店員以上の付き合いを店で行うことは僕は推奨しない。もしも仮に従業員同士でそうなった場合はきっぱり店を辞めてもらう」
「店長、間違いを犯さない自信があるみたいです。それはかなり傲慢というか自信家というか、その絶対という価値観でものをいっているのでしょうか?」
店長は歩く方向を向いたまま苦笑する。「生来の気質か、子どもの時に植え付けたんだろうね、自分で。絶対とは一言も言っていない。僕がそういった対象に従業員を見ていないのとも違う。誰のために、何のための労働か、ということを考えていればおのずと二人に密接な関係性は築かれないし、築く余裕があるとは思えない。僕の言葉を聞いていればね」
「失格ですよね」
「手が治ったら、たぶん考えることもない、忘れる、覚えてはいるけれど、微かな淡い記憶が滞在する程度、放っておけばいいさ、昇華するのか、消滅か、時間経過による現象の変化を見つめることは一時的かそれとも内部深度の高い熱であったかがわかる」