コンテナガレージ

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拠点が発展2-6

 端末を手で覆う店員の男性が引きつる表情を引っ込めて応えた、通話は終了したらしい。「お待たせしました」店員はへりくだる。「ええ、結論から申し上げますと、住むことは可能です。ただですね、今回は特例中の特例、通常は提供が困難なサービスであることをご理解いただき、決して口外しないこともお約束いただけるのであればという条件で、上司からの許可は取り付けました」

「日本ってずいぶん回りくどい言い方をするのね。無理を承知で引き受けたのだから、お前も恩恵に預かる身として吹聴してはならないと、どうしていえないのかしら」

「それでは彼らの商売が成り立たない」種田はフォローする。

「重ね重ね、返す言葉もありません」

 契約書に必要事項を書き込み、契約は成立した。解読不能な書類の記載事項を種田が翻訳する、専門的な用語は店員に種田が尋ね、砕けた意味をさらに英語で伝えた。

 封筒に入れられた一束がテーブルに登場、そこから直接指定の金額を支払ったアイラである。口座振込みが体験のすべてである店員が驚いていた姿が印象的だった。銀行を介した金銭の出入であれば、金銭の紛失や盗難の心配がなく、口座さえ持って入ればスムーズで直接店に出向く手間も省ける。アイラが現金を持ち歩くのは、日本で使用する口座を所有してないからだろう。しかし、種田は思う、ネットバンキングに一定額、ここでは一ヶ月の家賃に相当する金額を入金しておけば、端末を通じた振込みを行えたのに、何故重量とかさ張る現金の束を持ち歩くのか、理解に苦しむ。現金を取り出す際に見えた襷がけのバッグの容量の八割は現金だ、残りは端末とパスポート。どのバックパッカーよりも、身軽で軽快である。

 種田はリビングからベランダに出た。用意されたスリッパを拝借、寒空、時折横殴りの吹き荒れる天候をもろともせず、今日一本目のタバコを吸った。姉のアイラとは、いつ以来の再会か、思った傍から計算が走った。

 十六年。

 息を吐く。アイラは両親の教育方針によって、種田と生活空間の隔絶を小学三年に告げられていた。イギリスの祖父母の家で教育を受けたらしいが、再会は今日が初めて。双子だから相手の意思が通じる、そのような非科学的な意思疎通は二人を共有していない、S駅で見つけられたのは単に風貌が私と似ていたという根本的な、雑踏で家族や友人、顔見知りの人物を探し当てることとなんら変りはない、種田はそう受け止める。両親は二者択一で私を選んだつもりが、裏目に出た。両親はそれぞれ裕福な家庭、父親は貴族の家系で育ち、母は代々医者の家系であるがゆえに、幼少期にそれら家庭なりの躾と教養が私にも注がれたが、私はそつなくこなし、失敗はおろか指摘は一度で改善したので、アイラが家を離れて、家庭内の教育はぱったりと止んでしまい、それからは会話も不要で教える立場でしか親子の関係を築けない人たちは私への興味をわかりやす過ぎるほど失って、家庭では放牧に近く、できれば戻ってこないで、という思いが込められた広大な家での放し飼いが高校を卒業するまで続いた。