コンテナガレージ

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拠点が発展5-1

「定食屋ってもしかすると初めて入るかもしれない」種田もあまり一人では食事を摂らない、仕事で熊田たちと食べるぐらいで、一人ならば家まで我慢するまでもなく、お腹が空かないのだ。

 アイラのつぶやきに種田は黙ってメニューを見つめる。ありきたりのラインナップ、味はすべて想像できる。種田は中年の女性店員にカツ丼を頼む、アイラは迷った挙げ句、日本語の表記に馴染みがなく、和製英語とカタカナの混合に戸惑って、「私もカツ丼」とこちらにメニューの説明を求めず、自らで対処した。水は無料であると、種田は伝えた。

「車の運転はできないよね?」アイラは上目遣い、手に顎を乗せて灰色の瞳でこちらを射抜く。動物みたいだ。

「否定からはいるのは、おかしい。肯定も同様だけど。車には乗れる」

「へえ、意外。この町に住んでいるなら車は単なるステータスかと思った。案外、世間に合わせているんだ」

「試験に免許の有無は必須」

「そうかあ、交番のおまわりさんを経験しないと刑事に昇格するのは無理ってことか」アイラは思い出したように目を大きく開く。「そうそう、今度の仕事場はここから結構離れてんのよ、隣町。車で通えるかしら、見ておきたくって」

「場所は?」

「I市」

「地名は?」

「臨港だった港湾だったか、湾岸だったか、うーんそのどれか。港が望める平地」

「三十分あれば着くけれど、S市内の渋滞や信号の設置間隔は省いた計算だから、プラスアルファで五分が追加される」

「レンタカーって長期間貸し出してくれるかしら?」種田たちを見つめていたスーツ姿の男性二人にアイラは顔の横で等間隔に広げた細長い指を小刻みに振動させた。男性たちは、笑みを浮かべて今度は私を見つめて、さっと顔を下げた。やはり、顔の盗み見には金額を支払うべきだ、と種田は決意を強化させた。

 カツ丼が香りと暖かさを携えて運ばれてきた。二人は夢中で栄養を補給する。アイラは箸の使い方には慣れていたものの、しばらく使っていなかったため、また店の箸は丸い滑る形状であったので、指が吊ると訴えていた。レンタカーはおそらくは借りられるだろうという、勝手な予想を彼女は口に出さずにいた。曖昧さは最も種田が嫌う表現である。

 種田より先に間食したアイラは端末に話しかける、音声認識を人前でしかも店の中で堂々と行うのは海外生活のなせる業なのだろう。種田にもできないことはないし、必要に感じればアイラに引けをとらない心持で場所を問わずに行動を起こす。そうしないのは、特段何も急いで調べる事柄やシチュエーションに出くわさないからである。