通行人が歩き去って、彼女が言う。「あなたを血縁者に仕立てましたので、遺留品を回収してください。簡単でしょう、今回の依頼は」
「ずいぶんとまた強引な方法ですね。私に一生の重荷を背負わせるとは……、下手な芝居を打つのは気が進まない」
「面倒な事態に陥る心配ならば、無用ですよ。所持者は亡くなったの。悲しみ、普遍的なエピソードをいくつか用意してくれたら、迫り来る所持者との関係性は乗り切れると判断したの。誤解のないように言うけれど、これが最善の策。警察関係者で最も適した人材があなた、他の誰でもない」彼女の口が恐ろしく左右に開いた。目と鼻の先で今日はじめて目をあわす。黒く縁取った片目が遮断と解放。
部長は半分ほど消費した三口目のタバコに別れを告げ、吸い殻を下に落とす。押し付けるだけで火が消えた。コーヒーを傾けて飲みきる。
隣、こちらじっと微笑み、好意的な視線を投げる交渉相手に部長は条件をぶつけた。
「報酬は現金を要求する」
「立場をわきまえて、従うしかあなたの選択肢は残っていない、あとは垂れ下がったロープに掴まるだけ」
「私に最適?私しか窮地を救えない、と言い換えられます。違いますか?」
「はああ、上手く転ぶと思ったのに。私の演技力も落ちぶれたわ。何て釈明しようかしら」
「反対です」部長は言う。「上手すぎてまったく隙が見当たらなかった。通常ならば、途切れる息継ぎの場面も演技によって回避されていた。時には、わざとミスを犯すことも欺くためには必要不可欠ですよ、覚えておくといいでしょう」
「あなたに教えられるのかあ。失敗ね、だけど、仕事は請けるんでしょう?」
「それはもちろん。報酬が満足する金額なら」
「もう十分じゃないの、いくらもらえば気が済むのかしら。この先の人生はもう安泰よ」
「生きていればの話です。警察を辞めたら利害関係のバランスが崩れる。私が誰かに秘密を漏らさない保証はない」
「それは警察に籍を置く今も同じじゃないの。だって、警察として命を落とすなら、それこそ大義名分が堂々と造られてあなたの死は正当化されるわ」