コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

適応性6-3

「全然、まったくです」黒河は首を振って、あからさまにこちらの肩を持つ。「忘れ物は終点到着後に乗務員が確認する手はずになっているので、大変言いにくいのですが、私が保管し遺失物係へ届けなくてはならない。どうか、その辺はお客さんが強引に持っていった、と言い換えてくれませんか?」口元を右手で押さえる黒河はささやき声を発し端末に夢中な上司の橋田の拝聴を逃れたいらしい。

 熊田もボリュームを合わせる。「忘れ物を届けた人物とその写真の女性は親しそうでしたか?降車駅が一緒であり、顔見知りや知り合いならば、降りる際に会話を交していたと考えられるのですが」

「そういったことは、そうですね。なかったです。運転中も会話を聞いた覚えはありません」

「あなた以外の運転手で同じ時刻を走った方はいますか?」

「私だけです」

「あなたがお休みの時は?」

「私の休日にあわせて運行は休みます」

「休日は決まった曜日に?」

「いいえ、不定期です」

「利用者は困りませんか?」

「臨港沿いはほとんど乗りませんよ」橋田が会話に参加する。

 黒河は付け加えた。「試験運行ですし、私の休み前には写真の女性と男性の乗客には明日の運休は降り口で口頭で伝えてましたから」

「ずいぶんと親切ですね」

「少人数相手だと、サービスは行き届きます」

「通常の業務でも行って欲しいものだね」橋田の威嚇を含ませた音声が届く、きゅっと黒河は小さくはない身を縮めた。「私たちも暇ではないのですよ、刑事さん」忙しい時ほど、忙しいという言葉は使えない、いいや使用するまでもなく、周囲は感じ取ってしまうからだ。ここも忙しさとは正反対の空間に思える。ただもしかすると、この後忙しくなるのかもしれない。

「それでは、最後にもうひとつ。完成したら商業施設には足を運びますか?」

「まあ、はい、たぶん」質問の意図を汲み取った反応には見えない、黒河は答えた。