「橋田さんはいかがです?」
「私が行かないといっても、家族に連れて行かれるだろうな」
「わかりました。黒河さんにはもう一度、生前の写真が見つかり次第確認のために伺いますので」
「あまり頻繁に警察が出入りされても、困りますな」橋田が釘を刺す。
「ですから、もう一度だけです」
「私は……構いません」
次回訪問の約束を取り付けて、退席を促される前に熊田と種田は建物を出た。
「証言は取れました?」後部座席の鈴木がきいた。車内はかすかにタバコの香りが舞っている、種田に気を効かせて車外でどちらかが吸ったのだろう。
「なんともいえない。普段から乗客は亡くなった女性と忘れ物を届けた山遂という人物しかバスの利用者はいなかったらしい。それにバスは毎回、同じ人物が運転をしていた。その人物の休日にあわせて運行も休むそうだ」
「すると二人が乗っていたかどうかを直接見ていたのはその運転手だけ。運転手と山遂さんが口裏を合わせれば、証言が作り出せてしまえる状況ってことか」
相田が言う。「何のために偽るんだ?二人が犯人だってことか?」
「そこまで言ってません。ただ、山遂さんが彼女を追いかけて忘れ物を届けた件の信憑性は薄れる。信じていないとは言いませんけど、忘れ物がそもそもバスにはなくて、もっと言えば彼女はバスにすら乗っていなかった、そういった可能性も浮かんできますよねっ」同意を求めるように鈴木の語尾が高く上がった。しかし、同乗者の反応は薄い。
「なんだか女性の周辺が明らかになるにつれて事実が複雑に絡み合うな、いつものことだけれど」相田はぼやくように感想を口にする。
「詮索は後回し、もうそろそろ現場に戻らないとI署の警官に睨まれる」
敷地内で細かな振動が残響する。これから人を運ぶ待機車両に見送られるように熊田の乗用車はルーフの雪を落としながら、現場に戻った。