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適応性8-2

「そう、あの事件は犯人の特定には至っていません」鈴木が言うのは、ショッピングモールでベンチに座った女性が死亡した状態で発見された事件だ。心臓麻痺による病死という結論で事件は幕を閉じていたが、腑に落ちない未処理の情報が多く残されていたのは事実であった。女性の身元が不確かな点と彼女の自室に残された海外の医薬品、それに人付き合いのなさが、事態の解決の尾を引いた。しかし、上層部の意向により捜査の権限を彼らは剥奪され、それからきっぱりと関わりを絶っていた。

「この前、O市のヨットハーバーのベンチで死んでいたのだって犯人は捕まっていないだろう。めずらしいことではない」

「証拠が採取されれば、現場にいた人物や被害者と接触のあった人物を特定する機能を持っているのに、何故捕まえられないんですか?」

「どうしたんだよ、鈴木。酒でも飲んでいるのか?」相田が興奮する鈴木を咎める。

「そうじゃありませんよ。皆さん、諦めが早くないかって……、自分もそうですけど」人一倍の正義感は、不甲斐なさを助長、抱えきれなくなり警察を辞める署員は少なくない。見切りをつける人物はそれなりに仕事と割り切り、折り合いをつける、一方正義に正面から向き合う鈴木のような人物は絶望、悲観し自らを責めて場所を去る。

「市民のためにという感覚は捨てるべきだな」熊田が口をつく。「自らが無償で働く、寝る間も惜しんで犯人逮捕に力を注いだ成果は顕著に形として現れることのほうが少ない、必ずしも報われないがデフォルト。では、犯人が掴まれば満足なのだろうか。脅威は去るだろう、殺人犯を捕まえたなら被害者は出ないからな。しかし、だとすれば我々の仕事は犯人の登場によってのみ存在が認められる。犯罪を認めて警察が生きられる。矛盾しているが、それが現実だ。また、これまでの不可解な事件は一定期間で収束している。特定の誰かを殺害する目的だったとすれば、そのほかの市民への脅威は及ばないと考えていい」

「話がかなり横道に逸れています。額の傷と雪原に放置された意味の議論では?」種田が議論の方向を修正した。

「種田は、これまでの事件と無関係って考えているの?」鈴木がいう。

「どうでしょうか。まだなんともいえません。それはつまり、関係性がある、ということでもあります」

「どっちだよ」相田が鼻を鳴らす。

「似ているという感覚は大切ですが、証拠は何一つ明らかにはなっていません、つまりはそういうことです。説明のつかない言語化が難しい感覚を私は認めています」

「それは意外。もっとさあ、理論とかデータが一番の基準だと思っていた」鈴木は感嘆の声を上げる。

 パトカーが前方右手に見えてきた、後方には鑑識の車両、青いバンが停められている。車は中央分離帯の切れ目に寄せてから交差点にて減速、次の信号に変わる間際に車体の向きを百八十度変更、反対車線に移って、青いバンの後方に車を停めた。