T駅前北口、四階建てのショッピング施設にある駐車場に車を停めた。O署の遺留品保管庫から盗み出した例のガイドブックともう一冊をコートのポケットに入れて、部長は駅前のロータリーを歩く。
夕焼けに染まる空を覆い隠す雲は紫色に色を変えている。ずらりと並ぶバス停の通路だけ雪が融けていた。人を待つ間、ベンチに腰を掛ける部長は雪が融けている理由を探った。謎は雪のようにすぐに解ける。通路の両サイドはバス停と駐輪場である。体育館ほどの駐輪場は防犯上の理由によって外から中が見えるように巨大なガラスをはめ込んだ壁が通路に面し、通行人、主に女性は鏡代わりに通過する自分の姿を確認している。つまり、ガラスに反射した光がバス停と駐輪場の通路を温め、雪を溶かしたのだ。
香りと共に隣の席が埋まった。縦長のベンチにはまだ一人分のスペースが十分にある。知り合いではない、第三者に指摘されたとして言い逃れが可能なように気づいていない芝居を打つ。部長は、再びロータリーに滑り込んだ駅へと戻るバスに乗り込んだ。
乗客の大半は女性でパンパンの買い物袋をぶら下げている。部長は一番奥の席に座った。ふうわりと香りが隣から漂う。
ブザーが鳴る。ドアが閉まり、バスが動き出した。車内は静かであった。
「二冊手に入れました」隣にだけ届く音量で部長は話した。
「二冊?」
「一ヶ月ほど前に同種のガイドブックが発見されていたようです」
「初耳」
さりげなく端末を取り出す仕草に似せて部長は二冊の遺留品を拳二つ分空いたベルベットのシートにおいた。
「疑われないように手は回しておきます」
「監視カメラの映像には手元が移らないように配慮しましたよ」
「そうですか」
「運転手の指紋がついていたようですね、ガイドブックに」
「そうなの?知らないことが、仕事に有利に働く場合もあります」
「お疲れのようですね?」
「どうして?」
「言葉遣いが丁寧。素の自分を見せたくない状態は、弱っている証拠です」