コンテナガレージ

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回帰性4-2

「雑味が少なくなった」白髪まじりの常連客がカバーのついた文庫本に指を挟みつつ、感想を述べた。美弥都を見る。「代わりに淡白さも顕著になったように思います。私なんかの意見で良かったんですかね」何も知らない、味のバリエーションを舌で感じずに過去に体感した、あるいは見聞きした情報のそれらしさを引き出す感想をこの常連客は言わない、そう美弥都は判断し彼に感想を聞いたのである。川の名前や由来を知っていることより、川が流れるように、行き着いた地形を観察、それらを聞かれるまでひけらかさず、ひとりで愉しめる人を、美弥都は選択した。

 常連客からは料金を受け取らなかった。店長の指示である。お客はかたくなに料金を支払おうとしたので、美弥都は受け取ったお金の次回の注文代としてレジに入れます、それまでカウンターに保管しておきますと提案。納得はしなかったが、常連客はにこやかに店を後にした。

 この店の特徴は正午前後にお客が減少する。飲食店ではないので、自然の成り行き。唯一の軽食であるトーストはその人気によって開店二時間で売り切れる。食事休憩を兼ねる客層を取り込めていない店の現状。だが、喫茶店はむしろ現状の打破に努めるべきではないだろう。ターゲットのお客は時間を潰す、ひとりの時間に浸る、落ち着いて話す環境を求めにこの店を訪れるのだ、常に騒がしい店を好んで選択はしないはずである。

 席を立った店長が隠し事を打ち明けるような態度でカウンターに入り、美弥都に言う。「美弥都ちゃん、あの申し訳ないんだけど、ちょっと店を抜けても大丈夫かな。休憩には必ず入れるから」美弥都は基本的に休憩を欲しない。体力的な休息はアイドルタイムで十分まかなえる。また、特別、休憩だからといって果たす目的は持ち合わせていないのが、美弥都だ。彼女は食事もほとんど摂らない。

「構いません。店なら一人で回せます、Y大はまだ冬休みですから、電車が停まってもお客が店に流れないでしょうし」

「それじゃ、よろしく頼むね」店長は密談を交わしていたデザイン事務所の人間と共に店を出た。窓際のテーブルを片付けている時に、車がのっそりと駐車場を出て行った。どうやら裏に停めた店長の車ではなく、デザイン事務所に人間が乗ってきた車で店を離れたらしい、ということは店長は車で店に送られるということになる。

 店の内部に届く空からの陽の光は夏場の明るさよりも細かく繊細に見えた。塵や埃が空気中に舞っていないための作用か。