「火をつけたのは当人とは限らないのでは。その点は想像ですし、歩いたという言い回しも遺体という言葉と矛盾します」美弥都は評判の良かった新しい器具に豆を換えて、コーヒーを淹れる。刑事達へは通常通り、フレンチプレスでコーヒーを抽出する。
「言葉のあや。あざとい指摘」種田は腕を組んでまっすぐに美弥都を睨みつけた。隣で熊田がため息をつく。
「亡くなった女性の部屋からサブリミナル効果の疑いで廃盤になったCDが見つかっています」熊田は新しい証言を美弥都に伝えた、反応を窺うように入手した情報の詳細を小分けに話すようだ。
「洗脳されていた……」美弥都が言う。
「ええ、ただあまりにも洗脳を強調しているように思います」
「亡くなった直後に見つかれば洗脳の疑いは立てられた。しかし、不振な遺体の移動と焼失がネック」
「はい」熊田は頷く。
「さらにですね、鑑識は重要な情報を隠していました。女性は誰かに殺された。額に開いた傷口は引き抜いた際についた返しの傷が残っていたのです」
「現場から凶器は見つかっていないのだから、傷がついていようといまいと他殺と断定はできませんよ」
「誰かが引き抜かなければ刺さったまま、ということ」
「自然に引き抜かれたとは考えにくい。おそらくはどなたかが引き抜いたのでしょうね」
「また無関係な第三者の登場ですかね……」熊田は額に皺を寄せ、タバコを咥えた。
「わからない。なぜ、引き抜かれた時に負った傷が残っていることを条件に、他殺と考えたのでしょう」美弥都は二人にコーヒーを差し出した。その時にもう一人、刑事が店に姿を見せた。鈴木という高い声で話す人物だったと美弥都は記憶する。あまり人に関心がないため、お客の名前ですらはっきり覚えていない美弥都は、席に座るように鈴木に手を出して勧めた。
「女性が洗脳状態にあったとすると、操る人物が存在するわけですよ!」どうやら話を聞いていたらしい、ドアの開閉音は耳に届かなかった。作業と会話に気をとられていたためだと、彼女は行動を解釈する。
「昼飯か?」部長が興味なさ気に鈴木に言葉をかけた。
「何を言っているんですか、今日は午前で終了ですよ。半休です」
「そうだったな」