「それって、つまり時間稼ぎですか?」
「樫本白瀬の遺体を処分、あるいは隠すための時間の確保と捜査の目を外に向けさせるため。警察は消えた遺体と現場で発見された焼死体とを簡単に結びつけてしまえる、当然の反応だろう。おそらくは、それを予測して何らかの隠蔽を図ったと考えに及ぶ」
「最初は遺体が盗まれた事実を突きつけて、次に遺体が現場で燃えていると錯覚させる。しかし、ここでもまだ盗まれた遺体が燃えている遺体であるかは、はっきりとしない。捜査員は分散される。いくらかは、通常より警戒が手薄になる。どちらが先だったんでしょうかね?焼かれたのと盗まれたのって」鈴木が尖らせた口で意見を投げ掛けた。
すると、がばっと熊田は後部座席へ上体をねじる、訴える瞳だ。「盗んだ遺体を一時的に警察署内、安全な場所に隠した。そして、署員が出払った所を見計らい屋外へ搬出する」熊田は首を横に二回振った。「いいや、遺体安置室に出入りが可能なのは、鑑識の人間だけだ。しかも、鑑識は出動要請、焼死体の回収に全員が乗り込む、持ち出しは無理だ」
「取り込み中のところ、申し訳ないのですが、私を解放していただけないかしら?」アイラは刑事たちの議論に水を注す。
「署でも聴取を行います」
「じゃあ、録音データを渡すわ。私も暇じゃないのよ」
「あなたは通報者、第一発見者であると同時に容疑者でもある」
「私が通りかかる前に煙は立ち上っていた」
「遺体が燃えていたのではないのかもしれない」
「私があらかじめ煙を立ち上らせる装置を用意していた、そう言いたいのね?いいわ、うん、けれどそれをどこへ処分したのかしら。もっといえば、遺体から火が上がっている、という証言をひっきりなしに走る車の運転手から得られました?」
「前の車両はまだ調べていない」
「ああ、そうか。かなり、嫌な予感がしてきたんだけど、気のせいよね?」
「私に言ってる?」
「変な想像をしてしまったのよ、これが現実に起きたら私は仕事どころではなくなる」
時間の静止と通常の時間間隔のちょうど中間あたり、緩やかであり、感覚が研ぎ澄まされたように錯覚してしまう時の流れが車内に広がった。
突如現れたレンタカーはアイラを目的地へ運び終えて、無理やりに車内に押し込み、また別の見知らぬ場所へとノンストップでまっすぐな坂を下り始めた。