コンテナガレージ

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エピローグ1-2

 赤すぎる口紅はトレンドらしい。目立つ要素を彼女はいつもどこかに潜ませている。まるで、それだけを見て、覚えてくれるようにと。開いたドアに彼女は消えた。マイクを通じた淡々と話される解説が眠気を誘った。時間を見計らい長針が次の数字を指した頃、ダミーの鞄を肩にかけ、階段を下りた。

 各学部の掲示板が集まる一階ロビーを抜け、地下鉄までの人気のない授業にあぶれた学生もとっくに帰った廊下をひたひた、雪が融けた水分を靴底に垂らし、足跡を残して歩いた。左手は、長方形の中庭を望む窓、その手前、就職斡旋のビラが所狭しと張られた扁平なボードが十枚ほど立ち並ぶ。フォントや文字の大きさ、色合いの異なる広告に混じり、細かな文字が張り詰めた緊張感を思わせる空白のなさ、真っ黒な文章が一枚、中段の真ん中あたりに画鋲で四隅をしっかり留められて、こちらを睨みつけるよう、または見ないでと拒否するかのように、部長の目に飛び込んだ。 

 ボードとボードの間に体を入れた部長は中腰の姿勢を保ち、文章を目で追った。部長を追い越した学生の靴音が遠ざかっていく。

 

 信じてもらえないかもしれない。けれど、声には出しておきたい、私が生きていた証を後世に残しておきたいのだ。これから書き出す物語は私自身で考えついたことなのに、それまでの思考過程がまったく思い出せないのはとても奇妙である。しかし、よくよく考えてみれば、思いもよらない行動を常日頃から行っている。昨日選んだ道を今日は通らず迂回してみよう、食わず嫌いだった食べ物をわざわざ購入し食べてみよう、嫌いだった酒を少しだけ飲んでみようとか、どうしてそんな今まで見向きもしなかった選択肢に手を伸ばしたのかと、振り返りもするが、他人に語れるほど、行動の観測に非協力的な私である。説明のつかない現象に落とし込んだのは紛れもなく私自身。ただし、今回はどうも違うらしい。気がつけば、ダンボールがわんさか集まってしまっている。その箱もいつどこで何のために手に入れたというのか、さっぱり見当がつかない。仕事に支障が及ばなかったのは幸いだった。しかし、もう手遅れ。時間の問題。次に手を出す対象は決まりきっている。